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金をかけても時間をかけてもブスはブス

職場のトイレの鏡で自分の顔を見て、ギョッとした。ギョッとして、まじまじと見たけれど、それでも心臓はばくばくしていた。眼の前にあるものが自分の顔だと信じたくなかったからだ。あまりにも顔色が悪く、目元と口元はくすんでいて、ファンデーションは汗でよれてアイシャドウは色が合わずに浮いている。自分のセンスの無さと、一年くらい化粧をアップデートしていなかった事実を、トイレの発色がいいライトでカッと照らされた感じがして急に恥ずかしくなった。

そのまま焦って「ブルベ夏 合うコスメ」でググる。私の肌はかなり黄みを帯びていて色黒なのだが、前にプロの方に診断してもらったときには「ブルベ夏」だと言われた。絶対違う、診断結果は間違ってる!と信じて疑わずイエベの色味ばっかりを好んで買っていたけど今鏡を見て確信した。全部の化粧が浮いている。調べると、青白い肌が多いといわれがちなブルベの中には、稀に「黄み肌ブルベ」と呼ばれる厄介なパーソナルカラーをもつ人がいるらしい。その言葉を知った瞬間、全てが腑に落ちた気がした。私だ!黄み肌ブルベでおすすめされているコスメを片っ端からスクショしてカメラロールに記録していった。

仕事が終わって閉店間際のイオンに滑り込み、値段を見ずにカゴに次々入れていく。これ以上の快感は無いな、と思いながらレジで叩き出された値段をみると、給料日前の一人暮らし社会人2年目には少々手痛い数字が並んでいた。仕方ない、しばらくは冷凍うどんでジリ貧生活を満喫しようではないか。決済時に流れた「ペイペイ♪」の音がこころなしか弾んでいるように聞こえた。明日の朝の、アップデートされた顔面に思いを馳せる。

次の日はいつも以上に時間をかけてベースメイクを仕上げ、ネットでおすすめされていたブルベ夏向けのアイシャドウを、震える手で丁寧に瞼に重ねていった。これ、ほんとに合ってるのかな…?と、少々の不安とあふれる期待に内心ざわざわしながら筆を進めていく。出発時間ぎりぎり、あわてて髪をセットして、改めて明るい場所で鏡を見た。


えっ

ブスじゃん。

いつもより肌が発光した紛れもないブスがそこにはいた。


なぜこのような結果になってしまったのか。原因は、あまりにも丁寧に筆を進めたために、アイシャドウが予想していたよりも50%くらい薄付きになってしまっていたことだった。近くで見ると確かに色はのっていた。しかし遠くから見ると、いつもよりちょっと肌の発色がいいすっぴんブスがいた。昔、部活でデッサンをしたことを思い出す。「遠くから確認しないと、デッサンの狂いには気づかないよ」……美術の先生、元気にしていますか。私は今、自分の顔と対面して絶句しています。まさか自分の顔に驚いて時が止まったように感じるなんて。しかも昨日に引き続き二回目。改めて、まじまじ鏡をみる。うん、盛れてない。でも直す時間もないので、悔しいけれどそのまま家を出た。

会社に向かう地下鉄に揺られながら、いろいろと過去の映像がフラッシュバックする。友達だけかわいいと褒められていたアルバイト。全然化粧もファッションも気にしない友達にかっこよくて優しい彼氏ができた時。上手くできなくて、毎朝40分かけてアイプチして学校に行っていた大学時代。長いまつ毛が邪魔で顕微鏡が覗けないと嘆いていた子。私とは写真をとってくれない同級生。知らない人に顔を覗かれてブスだと言われた時に電車から見えた風景。「どうしてマスクをしてるの」と聞いてきた純粋な目。唇を食んでいたら多少はマシな顔に見えるかもと思って、やりすぎて荒れた唇。

気がつくと、ランドセルをからっていた時代の記憶まで遡っていた。
まあ、前から知ってはいたのだけれど。十分すぎるくらい知った上で、今の今まで諦めきれない自分もいる。

地下鉄の窓に映る私の顔は、いつもより青白かった。
昨日買ったパープルの下地を初めて使ってみたからかもしれない。


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