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『チューリップ・ブック』國重正昭、他

チューリップの栽培の歴史や文化への影響を網羅的に盛り込んだ、意欲的な一冊です。5つの論考による多様な切り口から、人々を魅了し翻弄してきたチューリップの知られざる全貌を教えてくれます。

「チューリップの品種の歴史」(國重正昭)では、とかくオランダのイメージがあるチューリップが、原種は中央アジアで自生していたもので、トルコで少しずつ品種改良がなされ、それが16世紀に欧州に持ち込まれてからオランダで劇的に品種改良が行われて今に続いている、と言う歴史が紐解かれます。驚くべきは、昔のチューリップは、花びらの先が尖っていたり、全体が細長かったりと、今のイメージとは似ても似つかない姿だったことです。

「チューリップ狂時代」(ウィルフリッド・ブラント)は、17世紀のオランダで起こったチューリップ・バブルの狂気の実態を紹介します。レア物とされる球根が実体もないままに途方もない価格で売買されている様子は、詐欺商法そのもの。一方で、実用本位なドイツ人は、球根を野菜として食す研究をしていた、と言うのが可笑しいです。

「イスラーム世界のチューリップ」(ヤマンラール水野美奈子)は、トルコを中心としたイスラム文化圏にとってのチューリップの存在感と、文化への影響が詳述されます。トルコ(オスマン帝国)にとって、この花が特別な意味を持っていたことがよく分かります。

「天上の甘露を享ける花」(小林頼子)では、美術史的な観点から、絵に描かれたチューリップの変遷を通じて、その流行の栄枯盛衰を辿ります。当時もてはやされた縞や斑の品種が、実はウィルス感染による病んだ花だったと言うのは、何だか物悲しいです。

「ワールモントとハールフートの対話」(アードリアン・ローマン)は、1637年に刊行された、オランダのチューリップ狂を風刺した対話劇です。実際にどんな風に怪しい取り引きがなされ、どんな風に膨れ上がって弾けたのか、同時代の出版物だけにリアルです。

写真や図版が豊富に収録されていて、しかももれなくカラーで掲載されているので、読み物としてのみならず、目で見て楽しむにもよい本です。

なお、この本のことは、先日訪れた東京ジャーミイ(イスラム教モスク)のガイドツアーの紹介で知りました。ここの礼拝堂の要所にも、意匠化されたチューリップが描かれています(写真2)。

[2024/05/28 #読書 #チューリップブック #イスラームからオランダへ人々を魅了した花の文化史 #國重正昭 #ウィルフリッドブラント #ヤマンラール水野美奈子 #小林頼子 #アードリアンローマン #八坂書房 ]

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