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おろかものとおろかもの 30

「結論から言うと、われわれの兵糧は詰みかけている。」

桜子は少し声を潜めて、海斗に囁いた。
ドラッグのことか。海斗は反射的に答えた。椿子はうなずいた。

「父親が残したドラッグと、睡眠薬・睡眠導入剤。ここに連れ去られてから半年くらいだったが、そろそろネタ切れだ」

そんなに「ネタ」があったのか。一体どれだけの薬物があったのだろう。海斗は黙って先を促した。

「さすがに私たち二人とちびっこキッズだけでは、大人の兵士には勝てない。」
「脱出するにあたって、こちらとしては少しでも手駒が欲しいところだったんだ。目的が共有できるね」

桜子と椿子は二人揃って海斗にいった。目的が共有出来る、か。

「ここを安全に抜け出す、ということだな」
「それだけじゃない。市街まで行って安全な場所まで隠れる」
「隠れたあとは?」
「そこからはちりじりだ。一緒に来たければついてこい。帰る場所があるのなら帰れ。」
どこへ行こうというのか。
海斗は新潟の山奥に家族がいることを伝えて、とりあえずここを脱出するところまでは協力をすることにした。

「俺の目的はキタの軍に騙されて自爆テロを起こすことでもなければ。ゲリラ活動をすることでもない。ただ家族の元に帰りたいだけだ」
「そのことに関しては、全く好きにしてもらって構わない。」
「まあ、当たり前の話だよね」

「君たちの目的はなんなんだ?」
海斗は何の気なしに聞いてみた。

「私たちのが最も求める価値は自由であることだ」
「今の状況は自由とは言えないからね」
「だから、目的はと問われれば難しいな」
「自由であり続けること。かな。私たちは、私たちの目の前に壁があるっていう状態がうざったく感じるんだよね。」
だから、壁があったら、その壁をぶち壊したくなる。
椿子はそう締めくくった。

今の日本の状況で、自由であり続ける、という状態は一体どういうことなのか。

統治者は日本人ではない。
しかも複数のグループが権益を主張し、独占しようとし、武力を誇示している。
それぞれのグループに主張する正しさ、正義めいたものもある。
その正義が正しいかどうかは、海斗には何もわからないままだ。
モザイクアートのように、様々な色に塗り替えられた日本。
日本人は、塗り替えられるだけの存在として、そこにある。

ただ、生き延びるだけ。
海斗が今の日本人の代表であるわけではないが、多くの日本人にとって、生命の危機を脅かされた状態においては、ただそれが唯一の目的であるのではないか。
桜子と椿子へ問いかけた「目的」のことを自分で考えて、海斗はそう思った。

何はともあれ、差し当たって桜子と椿子、海斗は今、ぶちこわすべき壁を共有していることは間違いないようだ。

3人はひそひそとより声を潜めて、キャンプ全体をぶち壊す作戦計画を夜通し話合った。

現代版 打海文三『応化クロニクル』を書こうとふと思いたち、書きだしました。支援・応援は私の励みとなります。気が向いたら、気の迷いに、よろしくお願いします。