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おろかものとおろかもの 13

白衣を着た女性は自らをマギーと名乗った。
ブロンドの髪をポニーテールにしている。髪にはつやと張りがある。青緑の眼で、赤いフレームの眼鏡をかけている。欧米系の顔だち。佐藤よりは年下だろうか。ブラックのセーターに、デニムパンツ、ロングブーツを履いている。ブーツでパイプ椅子を寄せて、佐藤のベットに近寄った。
「あなたはまる1日寝ていましたよ。大丈夫、重症ではありません。」
おそらくね。と添えてマギーは外国人の訛りのある、しかしきちんと理解できることばで話をしてくれた。
ここは横須賀基地に隣接された、赤十字の難民キャンプ内にある病院だという。
難民。
佐藤はその日本では聴き慣れない言葉を理解しようとした。
だが、頭がまるでついていかない。
自分が生きていた日常は、そんなに遠いものになってしまったのか。心のの絶望が、より黒くなるのを感じる。
マギーはそんな佐藤の表情を追うことなく続けて説明してくれた。
「日本の公共施設は何も動いていません。私たちは国際NGOの一員として、横須賀に難民キャンプを設立しました。この病院もそのなかの施設です。」
「あなたがいた飲食店や商業施設は、そのまま動いていますが、学校や病院、警察署などの施設は軍に接収されています。だからここに運んでくるしかなかったの。」
本来であれば、難民キャンプに運よく入場することが出来た人間以外は、治療することが出来ない。しかし、今回はたまたま物資の輸送途中に、路傍で行き倒れになっていた佐藤を発見し、保護した、という経緯をマギーは付け加えた。
頭部は、角材のようなもので殴られたらしい。裂傷はあるが、傷は深くない。MRIのような診察機器がないから、確定的なことは言えないけど、とマギーは言った。彼女は循環器内科が本来の専門だといった。

一通り説明を聞いてから、佐藤からも少しづつ、自分のが大事だと思う順番に質問をしていった。近畿地方の情勢は?
向こうにいる家族と連絡が取れる方法は何かないか?
横浜は安全なのか?
自分はどうなるのか?

マギーは少し眼を伏し目がちにして、一つ一つ質問に答えてくれた。
いいえ、はい、
そうね、それはわからない。
それも私にはわからない。
残念ながらそれは不可能です。
貴方は難民認定されました。これからはこの難民キャンプで過ごすことになります。

佐藤のこころの中は真っ暗になった。
ベッドの傍らには、不マートフォンがあった。画面にはいつの間にかヒビが入っていた。


現代版 打海文三『応化クロニクル』を書こうとふと思いたち、書きだしました。支援・応援は私の励みとなります。気が向いたら、気の迷いに、よろしくお願いします。