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おろかものとおとかもの 24

おろかものとおろかもの 24

マギーの本名は、マーガレット・ウルフシュタイン。28歳。アメリカ国籍。
祖父が20世紀の世界大戦後のドイツからの移民世代で、ユダヤとドイツの血を受け継いでいるという。
彫刻のように整った顔に、碧眼が美しく光り、ブロンドの長い髪をポニーテールにしていつもキャンプ内を忙しそうに動き回っていた。
本来の専門は循環器系と答えていたが、外科処置、内科診察の区別なく、難民キャンプ内に残った人たちの治療にあたってた。
横須賀と違い、いわき市の難民キャンプは明らかに人口構成が偏っていた。
佐藤がこの地に降り立ったばかりの頃は、比較的健康的で、労働力として期待出来そうな男女がキャンプ内に溢れていた。子供、老人たちはもともとのいわき市民がほとんどで、横須賀と比べても少なく感じた。

やがて、自分と同じか少し上の世代の男女はどんどんと難民キャンプを離れていわき市の復興に参画し、キャンプの外で生活するようになった。
反対に、佐藤のような怪我や何かの事情でキャンプ内に留め置かれた大人たちは、自分たちの不安定な境遇から、少し配給物資が滞っただけで不満を言う者がいたり、マギーや半民事務局のスタッフに怒りをぶつける人が出始めた。

特にマギーはキャンプ内で活発に、献身的に活動していた分目立っていて、男性からは好奇と羨望の視線を、女性からは嫉妬に近い感情を浴びていた。
女性同士のトラブルがあった際に、巻き添えを食らうのは大抵マギーだった。
男性からの好奇な視線が、行き過ぎた接触や直接的なアプローチに変わってしまうのにそう時間はかからなかった。

大人たちは表立ってはそのような行動には移さなかった。キャンプ内の秩序不安を懸念した駐屯軍が武装兵の巡回を強化した。

難民たちの中で「自分たちは働けるし、何かが出来るんだ」という自意識だけが肥大した大人は、マギーのような特定の立場、職務が保証されている人たちに対して常に攻撃的で、怨嗟の声を低く上げるようになっていった。

佐藤はただ、黙っていた。時折マギーの愚痴に付き合ってあげることくらいしか、行動としては起こさなかった。

現代版 打海文三『応化クロニクル』を書こうとふと思いたち、書きだしました。支援・応援は私の励みとなります。気が向いたら、気の迷いに、よろしくお願いします。