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おろかものとおろかもの 26

佐々木海斗が白昼堂々連れ去られ、居住していた疎開先から更に山の奥、新潟と長野の県境にある収容施設に連行されてから約1週間が経過していた。

この秘密軍事訓練所の管理責任者且つ、海斗を拉致した実行犯のリーダーであるジョンファンと名乗る男が海斗に向かって宣言した通り、ここは北朝鮮軍が秘密裏に列島内に留まり、戦争を継続させるための兵士を養成する場所であった。

暴力で従順になり、体力的に従わせやすい少年少女を拉致してきて、ゲリラ兵としての教育を施し、残党狩りをする合衆国軍の最前線に立たせる。
幼い少年少女との交戦を行わせることにより、合衆国と国際世論に厭戦気分を植え付け、列島から撤退を促す、という作戦らしい。

訓練内容は各種銃器の取り扱い、射撃訓練、近接格闘の際に行うこと、身の隠し方、爆弾の作成方法などは主であった。
この中では海斗が一番年上くらいで、ほとんどは小学校高学年~中学校2年生くらいの、蛹から成虫へと脱皮する直前のセミのような年代だった。

海斗くらいまで年を重ねて、体力を付けてしまえば反抗するためであろう。実際彼ら彼女らは、怯えながらも、上官役の北朝鮮ゲリラ兵の言うことを聞き、訓練に励んだ。
訓練は過酷だが、「兵士」たちを生かさず殺さず養育するために、一日2回はそれなりの食事が与えられた。
市街地ではもっと悲惨な状況だった子供もいたのだろう、食事が取れて何かやることがある、それだけで多くの子供たち不安な面持ちながらも従った。

海斗は違った。恵まれた体格を生かして、機会や隙を見ては反抗・脱出しようとした。
しかし、出来なかった。

ここに連れてこられたその日の夜に、ジョンファンから一通りこの施設の概要と日々の訓練内容、戦闘が無事に終了すれば解放するということを説明されながら、こう切り出した。

「オマエは逃げようとするかもしれない。しかし、それはやめておいたほうがいい」
「逃げられたとしても、悲しいオモいをするのはオマエじゃない」

突然ジョンファンの隣に一人の男の子が連れて来られた。中学校一年生くらいだろうか。ひどく怯えている。

「こいつはサクジツ逃げた少年兵のオトウトだ。アニキには逃げられてしまったが、こいつは捕まえることができた」

この優秀なゲリラ兵は、右手の太腿に差していたコンバットナイフを抜き、隣に突っ立っていた少年ののどを何の躊躇もなく搔き切った。鮮血¥が横一線に走る。

目を大きく開きながら、この少年は膝を付き、ゆっくりと前のめりに倒れていった。ひゅー、ひゅー、という呼吸音が、切られた喉から聞こえる。地面に赤黒い血が流れ出る。

「オマエが逃げたら、お前より年下の子供を殺す。ぜったいにだ」
「オレたちだって、ヘイシの数が減ってしまうのはよくない。お前たちも殺されたくはないだろう」
「オマエはものワカリがよさそうだからな。自分よりトシシタの子供を死なせたくなければ、クンレンに従って、優秀なヘイシになれ」

海斗はあっけに取られていた。自分は何も出来ず、ただこの少年が事切れるのを黙ってみるしかなかった。
初日にそのような洗礼を受けてしまったので、海斗は従わざるを得なかった。

その少年兵たちの中で、月田姉妹の存在は全くの異質であった。
月田桜子・椿子は純粋な日本人でありながら訓練教官であり、いじめっ子であり、この訓練所のアイドルであり、娼婦であった。

現代版 打海文三『応化クロニクル』を書こうとふと思いたち、書きだしました。支援・応援は私の励みとなります。気が向いたら、気の迷いに、よろしくお願いします。