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おろかものとおろかもの 29

月田桜子と椿子、佐々木海斗は訓練施設内のカーキ色のキャンプに戻った。
教育兼監視役の北朝鮮兵士が入口で待っていた。3人で話すのは目立つな、海斗は少し考えた。
月田姉妹は意に介せず、桜子を先頭に中に入っていく。
椿子が兵士に何かを渡した。そして蠱惑的な唇を兵士の耳元に近づけて、何事かを囁いた。
兵士は少し戸惑いつつも、嬉しさを隠せないように口角を上げながら、そそくさと入口から姿を消した。

「ドラッグを少し分けてやったんだよ。しばらく姿を消しておいてくれってな。」
椿子は何の気なしに応えた。

テント内には他の囚われた子供たちもいた。皆悲しい目つきで、虚空を見つめながら横になっていた。こっちを見るな、と桜子が厳しい目つきで言うと、皆慌ててテントの天幕の側に行き、こちらに背を向けて縮こまった。

テントのど真ん中に胡坐をかいてどっかと座り込み、3人は車座になって膝を寄り添わせるような近さで腰を下ろした。

「さて、何から始めようか」

椿子が切り出した。海斗は先にいくつか聞きたいことがある、と返した。

「まずはドラッグについて。どうやって持ち込んでいる?」

ああ、そうだね。桜子はあっけなく答えた。

「私たちの親の職業上の都合で、入手出来るんだ。父親はもう殺されてるけどね」
「親の職業って?」
「建設業。」椿子はニヤリとしながらこたえた。
バカな、海斗は怪訝そうに眉をひそめた。
「やくざだよ。」
桜子は少々呆れながら種を明かしてくれた。

海斗は聴き慣れない単語に驚いたが、桜子の説明を黙って聞いた。

二人の姉妹の父親は、北陸を中心とした暴力団の構成員だった。ただの組員ではなく、独立した一つの組を構える「若頭」だったという。

組は売春、武器密輸、覚せい剤の密輸を中心とした「クズ」ばっかりの仕事をやっており、それなりに成功していたという。
他国からの侵略で組員を含む父親は混乱の中殺害され、資産や武器も地域を蹂躙した様々な軍属によって持ち出されてしまった。
しかし、組が保有していた覚せい剤だけは二人が隠し通した。父親は普段からの安全策として、複数の場所に薬物を隠していた。姉妹は混乱の最中、その隠し場所だけは父親から聞き出すことが出来た。
やってることはろくでもない親父だったけど、わたしたち二人には普通のマイホームパパだったんだけどね、と椿子は言い添えた。

姉妹は内乱の早い段階でこの軍施設に連れ去られて、ゲリラ兵としての教育を受けるか、他国に「商品」として販売されるかどちらかを選べ、と言われたという。

「そこで、取引を持ち掛けたってわけ。」椿子は進めた。

ドラッグを兵士に提供する代わりに、私たちの自由を保障しろ、姉妹は兵士たちの「協力者」になることが出来る。ということを言ったらしい。
二人はどんなことがあってもドラッグの場所を言わない。
殺せば場所は分からないまま。
兵士たち、というかジョンファンは条件を呑んだ。

日本に侵略してくる前から、多くの兵士たちはドラッグの魔力に堕ちていた。
覚せい剤の密造・密売が外貨獲得の手段として半ば黙認され、娯楽や楽しみが一切なかった独裁国家の兵士たちとしては、他の楽しみがなかっただけ、なのかもしれない。

多くの兵たちはこの提案に喜んだ。
月田姉妹は月に何回かの買い出しの際に、自由行動を許され、まだ残っていた大麻やヘロインを調達し、おしゃれを楽しむ為に服を買い、化粧品を買い、また基地に戻ってきた。

兵士たちは、ドラッグで吊り上げられ、姉妹に魅了され、精神的な虜をなっていった。
姉妹は巧妙に身を守りながら、思わせぶりな態度を取りつつ、自らの身を守っていた。

「だったら、なぜ彼らと同じベッドで寝にいくんだ?」
「だって、ベッドで寝たいじゃん。」
「地べたで寝るの、嫌いなんだよね。」
何の気なしに桜子は言った。
椿子もうんうんとうなずいた。

添い寝してやる兵士には、必ずドラッグと称して睡眠導入剤を飲ませていたという。

今までの短い人生の中で、いやこれからの人生の中でもそうそう会うことはない人間の種類だ、海斗はそう思った。

「さて、ここからが本題だ。」

桜子はそう話を切り返した。

現代版 打海文三『応化クロニクル』を書こうとふと思いたち、書きだしました。支援・応援は私の励みとなります。気が向いたら、気の迷いに、よろしくお願いします。