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おろかものとおろかもの 27

月田桜子と椿子の横顔は、いつも人形の様であった。
表情が読み取れない、でも綺麗でずっと眺めていられるような。蠱惑的な笑顔も含めて。
しかし、真正面から顔を見て、彼女たちの本当の表情を垣間見るとその感想が一変する。
彼女たちはあくまで、上官として振る舞い、時には北朝鮮ゲリラ兵たちよりも厳しい訓練を同じ日本人である海斗達に課した。淡々と、機械のように。
かと思うと、訓練が終わってからは二人で大きな笑い声を上げながらはしゃぎまわり、忙しく食事を摂り、二人部屋の雑居房でおしゃべりをし、二人だけ毎日シャワーを浴び、上官たちのベッドで寝た。
表情のない目で訓練を行う桜子、大声で見張りの兵たちのどちらの男性器が大きかったのか叫ぶ椿子、もたついている10歳の小学生を叱り飛ばす桜子、配給食を薬剤摂取のように無表情で食べる椿子、泣きじゃくる少年兵を抱きしめてあやす桜子、消灯前に訓練所全員を流し目で誘う椿子。
どの表情もが彼女たちの真実であり、虚構である。

まだ小学生くらいの少年兵たちはまだ余りベッドを共にする、という意味を理解していない。何でお姉ちゃんたちだけふかふかのベッドで、と拗ねている。
海斗や、少し年上の子供たちはそれが何を意味しているのかは分かっている。複雑な表情で皆二人を毎夜見送った。

桜子と椿子だけ斯様に他の少年兵たちの教育係として特別扱いされ、組織のカーストの上部に立ち、しかしゲリラ兵の仲間、という認識では思われていないという「違った」立場にあるのは、兵たちの慰み者になることで自分たちの居場所を確保しようとしている、あるいは何か自分たちだけの目的を遂行しようとしている、と海斗は勝手に思っていた。

ゲリラ兵としての訓練を受けて約2週間が経過したころ、訓練が終了し食事休憩を終えたあと、全員のゴミや残飯を捨てにキャンプ内のゴミ捨て場に行く際に、不意に椿子に呼び止められた。

「やあ、新入りクン。調子はどうだい」
「どうも」

海斗は配給食の入った大きなゴミ袋を両手に担ぎ、台車にゴミを乗せながら椿子の方を観ずに答えた。同じ年くらいと聞いていたはずだが、一応敬語で接していた。

「ここに来た時からキミには注目していた。ぞんぶんに活躍シタマエよ」
「そりゃどうも」

180センチを既に超えつつある、海斗にとっては椿子は歳が近かろうが体力で勝てる相手であった。しかし、彼女たちからはいつも不釣り合いなほど威圧的なオーラと、上からの物言いが目立つ。
海斗は余り気にしない、目を付けられたくないな、という思いが強かったので、彼女たちから何かコミュニケーションを求められた時は適当に相槌を打つ程度に留めていた。

「つれないねえ。お姉さんたちは魅力的じゃないのかあ?」
「同じ年くらいじゃありませんでしたっけ。」
「このキャンプでの生活で考えたら、私たちは大センパイだからな。」

椿子は胸を付きだして応えた。袖丈の短いTシャツにミリタリーパンツ、軍用ベストの上からでも彼女の胸の膨らんだ形はわかる。
海斗はそちらに視線が行かないように、台車をおしながら、黙って暗がりに進みだした。椿子が横に並んで歩調を合わせる。

「そんなにツンツンするなよな。せっかくのオトコマエが台無しだぞ。」
「そうでもないですよ。」
「なあ、海斗くんと言ったかね。お姉さんと少しお話しないかい。」

からかうような口調は変わらない。椿子は満面の笑みを浮かべている。

「いったい何の話ですか」

海斗は返事をする。椿子が続ける。

「楽しいお話だよ、楽し~いオハナシ。」
「結構です」
「そういわずにさあ、海斗クウン。お姉さんオハナシしたいなあ。」

椿子は笑顔を崩さない。大股でずんずんあるく海斗に足早についてくる。

ゴミ捨て場に着いた。囲いの端にあるゴミ捨て場までは、テント内の明かりは伝わらない。
海斗はここまで来て立ち止まって、振り返ってこの少女の顔を見据えた。
明かりは二人を照らさない。

「ここから脱出する計画はどこまで進んでいるんです?」

海斗は思い切って鎌を掛けてみた。
先ほどまで愛らしい笑顔を浮かべていた美少女は、一切の表情をなくす。





「驚いたな。想定以上だ。」

海斗は飛び上がった。驚いたのはこっちだ。
まったくの真後ろから、同じ声がするなんて反則だ。桜子だった。

「なあ、言った通りだろ。カレは私たちが思っている以上に使えるって。」
椿子はニヤリと笑いながら言った。
「そうだな、椿子。私たちの計画には必要な人材のようだ。」
桜子も同じようにニヤリと笑った。

一筋縄ではいかない。
海斗は自分の心臓の鼓動が大きくなったような気がした。

現代版 打海文三『応化クロニクル』を書こうとふと思いたち、書きだしました。支援・応援は私の励みとなります。気が向いたら、気の迷いに、よろしくお願いします。