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おろかものとおろかもの 18

『徴用・徴収』とは端的に言って「人攫い」である。

働きざかりの若者や大人、特に10代後半から20代にかけて、出稼ぎに市内に出てきた男女が何らかの集団によって拉致されるという話が、夏の盛りには既に出回っていた。
犯行グループの正体ははっきりしない。合衆国軍が市内を統治地区を巡回して、警備や防備を強化しているというが、当の合衆国軍の一部が行っているという噂もある。
目的の方は、様々な推測が可能である。復興需要における人材不足は深刻で、健康な大人はどんな場所においても重宝される。北朝鮮軍による拉致及び兵隊の育成というまことしやかな噂や、合衆国軍の軍属が一部私兵化して、兵隊を「現地調達」しようとしている、などということも言われた。
他にも目的は様々だ。外国への人身売買。生死・性別問わず。男女ともに売春の相手として。
献上状態に比較的恵まれ発育がよく、識字率が高い日本人はどんな分野でも高値で取引される、とのことである。

子供はどうか。むしろ需要が高い。反乱せず、暴力で簡単に従わせることが出来るからだ。それに、幼ければそれはそれで攫いやすい。惠と流だって危険だ。海斗が市内に戻りたくなかった理由はそれだった。
自分はどんなことがあってもいい、でも、惠と流だけは―

海斗はそんな噂を耳にするたびに、最悪の事態を考えてしまい、背筋がぞっとした。
惠や流が自分の元からいなくなって、望まないことをさせられてしまったら、ましてや…
海斗の今の優先順位は、あくまでも二人の幼い姉弟だった。



9月にはいったある日、海斗と叔父の圭吾はいつもと同じように早起きし、野菜の収穫を手伝い、荷積みをして街へと車を走らせた。

海斗は助手席で乗っている間ずっとiPadを眺めていた。液晶端末の光が、まだあどけなさを残した少年の日焼けした顔を青白く映し出す。
東京から脱出した時にリュックに詰め込んだiPadは割れることもなく、盗まれることもなく海斗の手元に残った。何度も売ろうとしたが、惠に止められた。
「おにいにも何か娯楽があった方がいい。それに、お父さんとお母さんから連絡が入るかもだし。」
5歳下の妹は、年長の兄をいつも気遣った。

しかし、ネットには長岡市街地にいる時しか接続できない。液晶に触れる時はいつも車内だった。
海斗はiPadで家族の写真や、電子書籍を読むことに使っていた。データは、叔父の圭吾が自分のPCにあったものも何冊も貰っていた。

配送の合間でも、時間があれば海斗はIPadを両ひざに立てかけるように置き、それで本を読んだ。


この日もカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を読みながら、配送先の駐屯キャンプに向っていたその時、前を走る四輪駆動の軍用車が速度を緩め、運転席から片手を出し、止まれと合図した。

圭吾は訝しげに、軽トラックを走行車線の脇に停車させた。前方の車も停車した。バックミラーをみる。同車種の車が後方におり、同じように停車した。

はさまれた。軍用車から自動小銃や軽機関銃で武装した男たちがぞろぞろと降りてくる。
国籍不明。正規の合衆国軍ではなさそうだ。

現代版 打海文三『応化クロニクル』を書こうとふと思いたち、書きだしました。支援・応援は私の励みとなります。気が向いたら、気の迷いに、よろしくお願いします。