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おろかものとおろかもの 28

実は海斗はずっと、一番初めに月田姉妹に出会ったときにかけられた一言が心のどこかで引っかかっていた。

「ようやくつかえそうな子が来た」

桜子と椿子は、海斗の顔をしげしげと眺めながら、声をそろえるように確かにそういった。

突然の拉致から始まり、生命と尊厳を天秤に掛けられながら施されるテロリスト教育の中で、海斗はこの月田姉妹の考えだけが一番気になっていた。

回りの子供、大人たちはもっと単純だ。
脅されて怖がり、唯々諾々と従う子供たち。
狂信的な信念と恵まれた生活を享受していた日本人に対する劣等感から、喜々として少年兵教育を施す北朝鮮兵たち。
立場が下であることという思い込みに甘んじて、怯える子供。
立場が上であることを刷り込むことによって、自分たちの支配欲を充たす大人。

国や民族の垣根を越えて、この訓練所で繰り広げられている光景はいつもの人間社会の光景だった。

ただ、月田姉妹と、敢えて言うなら海斗を除いては。

月田姉妹は子供たちからも、北朝鮮軍からも一目置かれ、そして魅了されていた。
彼女たちが醸し出す、決して交わらない孤高さ、かわいらしさ、暴力性はきっとどのような社会でも異質なであるはずだ。
その異質さは、今の日本が置かれた状況が生み出したものであるのか、それともたとえ日本が平和なままでも、いつか開花してしまう花であるのかは分からない。

どちらにせよ、やはりというか流石というか、月田姉妹はこのままの状況に満足しているわけではなかった。

「いつから私たちが逃げ出すことを企んでいると気付いたんだ?」
椿子は海斗にそう切り出した。

「最初に会った時に、使える存在が来たと言われたときから違和感があった」
「なるほど。うかつだった。」

桜子は悔しそうに唇をかんだ。しかし目は嬉しそうに笑っている。

「ただ、半信半疑だった。あんたたちが何か企んでいて、この場所に大人しくしているタイプの人間ではないことはわかる。けど、あそこまでヘイシ達に取り入っていて、自自分たちの立場を持っているし、何より楽しんで生きているように見えた。逃げ出す理由が良く分からない」

海斗はいつの間にか敬語をやめていた。桜子も椿子も何も言わなかった。

「それに、綺麗な女の子に騙されるほど北朝鮮軍がバカだとも思えない。特にあの所長は」

ジョンファンのことね、と椿子は言った。

「そこまで考えているなら話は早い。私たちの懸念事項はそのジョンファンだ。他のバカ兵士どもは何とでもなるが、ジョンファンだけはやはり手ごわい。なかなかしっぽや本心を出さない」

「君には、実は、そのジョンファンを抑える役目を持ってもらいたかっんだけどね」

桜子は言った。一体どういう意味なのだろう?

「君たちは、その、何というか」

さっきまでお互いの本心を打ち明けだした会話が、海斗のところで少し淀んだ。

「なんだ」
椿子が促す。海斗は少し声を上ずらせながら言った。

「兵士たちをベッドの中でいいなりにしている?」

椿子を桜子は噴き出した。くくく、と桜子が笑いながら海斗をなだめた。

「安心してくれていいよ。私たちはそんな安い女じゃないから。」
「いや、それが悪いって言ってるんじゃなくて」

海斗が口をすぼめて弁解しようとしたが、椿子がそれを制して言った。

「私たちは二人とも、実は兵どもたちとは寝ていない。使っているのはコレね」

椿子はホットパンツのお尻のポケットから、何かを取りだした。
黒色の固形物。海斗にはピンと来なかった。

「マリファナだ。あいつらはこれがないと正気を保ってられないんだ」

自分と同じ年くらいの少女から出てくるフレーズではなかった。
海斗は一旦ゴミを捨て、椿子と桜子と三人で少年兵用テントに戻りながら、月田姉妹の作戦会議に参加させてもらうことになった。

現代版 打海文三『応化クロニクル』を書こうとふと思いたち、書きだしました。支援・応援は私の励みとなります。気が向いたら、気の迷いに、よろしくお願いします。