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『おろかものとおろかもの』

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平成版 打海文三『応化クロニクル』 ある程度書き溜めて投稿しますが、基本不定期連載小説。 同人的リブートとお考え下さい。 適宜改稿・加筆修正します。
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2018年12月の記事一覧

おろかものとおろかもの 8

空は相変わらず真っ黄色だ。都庁方面から火柱がこうこうと灯っている。 海斗は父親の指示通りに様々なものを自分のカバンに詰め込んだ。特にクレジットカードは自分の財布に入れて、暗証番号を何度も頭の中で復唱した。 父親に絶対に他の人間に見せてはいけないものだ、と念を押されて、父親の部屋にある電子金庫の鍵のありかと認証キーを同じように指示を受けていた。 直方体型の金庫を解錠する。中にはクレー射撃用の2連装式ショットガンと薬包が入った箱、コンバットナイフがあった。書類の束らしきものもある

おろかものとおろかもの 7

小学校4年生の佐々木恵は、塾のドリルに夢中だった。 小学校1年生の佐々木流は惠に学校の宿題をサボっていることを怒られて、泣いていた。 自転車を必死に漕いで、自宅にたどりついた海斗はいつもの二人を見つけて、ほっとした。しっかりものの恵と、泣き虫でいたずらっ子の流。 テレビは付けていなかった。宿題をする時間だからだ。二人には何が起きようとしているのか、知る由もなかった。 「ずいぶんはやかったのね、海斗にい」 計算ドリルを進めていた手を止めて、顔を上げて惠は海斗に言った。流は

おろかものとおろかもの 6

「海斗さ、これでもうお前の家に直接電話しなくていいんだよな」 「とりあえずは。でも、俺のやつ、SIMカードはいっていないから」 「わかったよ。ネットが繋がるスポット限定だな。」 「まあだいたいは海斗か妹ちゃんが出てくれるけれどさ、やっぱ緊張するもんな。家の電話に直接、っていうのは。」 「そりゃどうもすいませんでした」 悠からの問いかけにそうやって海斗は答えながら、インストールしたアプリを何個か触ってみた。 芦沢悠は、小学校からの同級生で、途中クラス替えなどで離れたりはしたが、

おろかものとおろかもの 5

佐々木海斗の毎日は心躍っていた。 中学校を卒業してすぐ迎えた自分の誕生日で、念願だったiPadを買ってもらったからだ。 回りの友達はもうすでに、自分の携帯電話やアブレット、PCを親から買ってもらって、SNSやメッセージアプリでコミュニケーションを取っている。 世代的には、自分は少し遅いほうだろうか。父親が職業柄保守的な性格なせいか、未成年が情報端末を持つことに抵抗感を感じたようで、小学校高学年でも、スマートフォンを持たせてもらえなかった。 「分別がつくようになったら、持たせて

おろかものとおとかもの 4

政府要員は一部を残して全員死んだ。官庁と議事堂は機能中であり、ミサイルはピンポイントで直撃した。生き残った人間、外遊中の要人は欧州に緊急政府を作り、声明を出したがそれだけだった。 天皇は運よく英国に避難出来た。ミサイルは皇居だけを爆撃しなかった。 自衛隊や地方の行政機関・外国に避難した政府が連携を取るより先に、合衆国との防衛協定が自動的に機能した。日本の地方に点在する駐屯基地から航空機による爆撃、海洋空母による攻撃、上陸部隊の突入。事態は機械的に、迅速に作動した。半島北の

おろかものとおろかもの 3

ミサイル発射の原因は、依然としてはっきりしない。嘘のような話だが。 国連調査団の報告書によれば、朝鮮半島北部の軍事政権独裁者の暴走、という公式見解がすべてを説明しているように思える。しかし、彼の国は指導者を交代しながら、経済制裁を受ける一方で軍事開発を進め、周辺諸国との緊張状態は何十年も続いていた。皆がこのままの状態が未来永劫続いていくのだ、という錯覚を覚えるほどであった。 人間は結局臆病で、変化を伴うことを嫌い、現状維持が出来るのであれば多少の不快感は厭わない、だからこ

おろかものとおろかもの 2

日常の平穏な生活は突如として崩れ去る。2021年3月28日もそうだった。 東京オリンピックが終わり、好景気に沸いた日本は、種々の問題を抱えながらも、世界の他の先進国と同じように、発展していた。 経済はまあまあの推移を見せ、周辺国との政治・外交問題においてお互いの主張を繰り返しながらも、その状態は20世紀後半から続いた「多極化」する世界の中では、ごくありふれた「心地よい」緊張状態である、というような理解でよかった。 喫緊の課題は山積みだった。外国人排斥や国防問題などの極端な右派

おろかものとおろかもの 1

普通の精神状態ではなかった。 自分を自分として保つためには、どんな形であれ吐き出すことが楽だ、ということに気付いたのは、こうしてキーボードを叩きながら思考を止めないでいる時だった。嘔吐したり、不眠になったり、頸を締めようとしたり、刃物を自分の太腿に当てるよりは楽である。 何を書こうか、と考えたときに、思いつくのはあの10数年に渡る内戦の日々、日本が長良川を境界線として、東アジア諸国と合衆国に分割統治され日々のことをだ。 あれから時代は変わった。未だ解決していない問題は数多あ