短歌とパズルと筋肉

自転車のかごに世界の産声を満たして走る新聞少年/岸本恵美さん

掲出歌は第9回青の国若山牧水短歌大会で大賞に選ばれた歌です。

「世界の産声」という新聞の比喩が一目素敵です。

少年ゆえにバイクではなく自転車で走る景も爽快感があります。

今やネットニュースの速度にはかなわない新聞に「産声」という比喩は大袈裟では?とか辛口意見はもしかしたらあるかもしれません。が、この歌の作者が普段主に新聞から情報を摂取しているのではないかという生活背景までほんのりと想像できて私はとても好きです。作者と新聞との距離の近さを感じるのですよね。とっても好きです。

それに留まらず「満たして」の動詞の選択が光っている歌だと思います。「この『満たして』がたまんねぇよ〜」とくどくど言いたいくらいです。

例えば「自転車のカゴに世界の産声を○○○○走る新聞少年」

この四音に何を当てはめるかで地味に歌の印象がガラッと変わります。

単純にカゴにいっぱい詰めてだから…「詰め込み」、「抱えて」、「運んで」…などなど。はめても意味の通る動詞は結構あります。(詰め込み走るだと音がいそがしい、抱えては次善としてあり?運んでは走ると意味がだぶり気味だなぁ〜とか推敲は置いといて)。同じ節内の「走る」まで変えられるとしたらそれこそ無限に選択肢があります。

でもこの「満たして」以上に良い動詞があるか(否、ない)

さまざまなニュース(世界の産声)に「満ちた」新聞紙と、自転車のカゴいっぱいに乗せている「満たす」両方の意味を支えていて、調べも美しく、結句への繋ぎとしてもう抜群に抜群な動詞です。

パズルのピースがぴたりとハマったような快感。それが「満たして」にはあるのではないでしょうか。

5・7・5・7・7というわずかばかりの音を、一音も無駄なく最大効率に言葉の力を発揮せんと試みる短歌という詩型はこれもはや鍛え抜かれた筋肉美を目指すボディビルダーと同様の精神ではと思うこの頃。

余談ですが今リングフィットアドベンチャーでレベル99です。

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