ゴルフつれづれ草 近藤経一著 特別編

小金井の怪談

 お盆だから怪談をというわけではない。去る7月の13日、小金井カントリークラブで催された深川喜一氏の追悼競技会で聞いた話である。

 深川さんの亡くなったのは1月の5日の夕方であるが、その日の午前11時頃、氏が小金井クラブに来られたというのである。
 そういっただけでは分からないが、実をいうとその頃、氏は意識もはっきりとしないほどの重態で自宅のベッドに在り、そんなことのあるべきようはないのであるが、しかし、驚くべきことに、その時分、氏の姿を見たという人は一人や二人ではないのである。

 先ず、小金井の創立以来食堂の売店にいるT女史が廊下ですれちがっている。「ここです。ここですれちがったのです」とT女史は言う「いつもなら、必ず何とか声をかけて下さるんですが、黙って行っておしまいになるんで変だナと思ったことを憶えています」

 次は食堂のウェートレスが二人。氏がいつも坐る窓際のテーブルに坐っているのを見たという。
 次は、これも小金井の創立以来いる名物男、食堂主任のK君。「私はここから」と、彼は小生をコースへの出口のガラスのところに連れて行って言う「練習場のほうへ歩いて行かれるのを見ました。決して間違いはありません」

 次は12年間スタート掛りをやっているK嬢。この人には、わざわざ食堂まで来てもらって話を聞いた。
 「見ちがえなんかしませんよ。12年も見ているんですもの」とK嬢は言う「深川さんは練習場の方から、ロッカー・ルームの方へ歩いて行かれました。
 御病気だと聞いていましたので、ああ、およろしいのかなと思っていますと、丁度そこへお二人だけの組がスタートしたいとおみえになったんですが、日曜なので、もうお一人と思いもしかすると深川さんがお廻りになるかもしれない。
 そしたら御一緒にお願いしようとロッカーの方へ追いかけていったのです。すると、そこにいたロッカーがかりの女子は二人とも、深川さんなんか見ないというんです。
 でも、外を見るとキャディ・マスター室の前のバッグ置場に、ちゃんと深川さんのバッグが立てかけてある(因みに、このバッグはその日の夕方、只一つだけ残っていたそうで、それを片づけたロッカーがかりの女の子にも私は逢った)んです」
 「恐かったろう」「いえ、その時は別に何んとも思いませんでした。今のほうが恐い気がします」

 まだ、この外に、練習場で球を打っている深川さんをも見たというグリーン・キーパーもいるというが、それは当人に逢えなかったからはぶく。

 それよりも不思議なのは、翌16日、伝票を整理していたら、ホット・ウヰスキー一つ、と書いた深川さんの未払伝票が出て来たというのだ。
 ホット・ウヰスキーは深川さんの愛飲するものではあるが、勿論、氏は金を払わずに帰るような人ではなく、その字も深川さんのものではないという説もあるが、誰も私が書いたという人は現れないという。

 以上お読みになって、お気づきの方もあるかと思うけれど、目撃者6人に共通の点は、誰一人もが深川さんの声を聞かなかったことと、まともに顔を見合わせてはいないということで、それがかかる現象の起こる場合の特徴だと回答した老僧の言も在るという…
 が、しかし、そういうとき、かかる現象に接するのは一人か二人のことが多く、今度のように沢山の人が…というところから、中には深川さんが床を抜け出して、本当に小金井にやってきたのではないだろうかと疑う人もあるというけれど、その日の夕方息を引きとるという瀕死の病人が、どうしてそんなことが出来よう?

 のみならず、これは直接うかがったわけではないけれど、御家人の話では、丁度皆が小金井で深川さんの姿を見た時刻に、深川さんは夢でも見ているのか、「大勢居るナ」とか、「足もとにボールがいっぱいあって邪魔だからどけて呉れ」などとうわごとを言っておられたというにおいておやで、私は素直に、あれ程熱愛した『小金井』に深川さんの霊が最後の別れにやって来たのだと信じたい。

 それにしても、なんというすさまじい執着であることよ!

 実をいうと、この話を聞いてというわけでもなかったけれど、私はこの競技会の後の追悼パーティーで、先年イギリスのある名門クラブの理事長が亡くなった時、遺言によって、その骨を18番ホールのラフに埋めたという例もあるから、深川さんの最も愛した3番ホールのあたりにでも、小さなモニュメントを建ててあげたらどうかという提案をしたいと思っていたところ、先日の理事会で既にそういう案が決ったとのことだったので、わが意を得たりと思って帰って来たが、さて、私は最後に問いたい。
 今日のゴルフ・クラブ・メンバーの中、自分のクラブ(コース)に対して、かかる愛着を持つ者の一人でもありや、と。
 私は、深川喜一さんは本当に自分のクラブを愛した最後のメンバーではないかと思っている。

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