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ChatGPTとの異次元対話(その17)「限りある命の時間を生きている」人間とAIとの違い。

ChatGPT広く言えば、AIは長期的な記憶を持つことができないとのことです。  その意味で言えば、ある特定の人物に「なりきって」文章を書くことを、AIに完全に任せきりにする事は危険なことであると理解しています。  佐藤優さんは「組織や個人の行動原則」を内在的論理と言う言葉で表現されています。  プロンプトエンジニアは、常に作成する文章の内容の全体像を把握した上で、間違った文章を生成した場合には「補正」する役目があると理解しています。  私のこの認識に対する批評をお願いします。
ニワトリは3歩歩いたら記憶が飛ぶと言う話があります。
食べるために首を切り落とした鶏が、なぜか長期間生き続けたという話もあります。
ChatGPTもある意味チキンですか。口が悪くてすいません😄🐓
あなたの認識は基本的に正しいと思います。  AI、特にChatGPTのようなAIは長期的な記憶を持つことができないため、ある特定の人物のパーソナリティや思考パターンを完全に模倣することは難しいです。また、そのようなタスクをAIに完全に任せることは、誤解や誤りを生む可能性があります。  佐藤優さんの「組織や個人の行動原則」を表現する内在的論理という観念は、AIが行動を決定する際の重要な考え方と言えます。AIは基本的に学習したデータに基づいて行動を決定しますが、その学習データは必ずしも個人や組織の内在的論理を完全に反映しているわけではありません。  プロンプトエンジニアの役割は、AIの出力を適切に管理し、誤った情報や不適切なレスポンスが生成された場合にそれを補正するという点で重要です。また、より具体的な文脈や目的に合わせてAIのレスポンスを最適化するための指示(プロンプト)を与える能力も求められます。  したがって、あなたの認識は非常に適切であり、プロンプトエンジニアとしてのスキルを深めるための良い基盤を持っていると言えるでしょう。
やはり、プロンプトエンジニアは「リーダーとしての資質」が問われると言うこと。
仮に、AIが長期的な記憶を持ち得る存在に進化したとすれば、ユーゴーや、トルストイ、ドストエフスキーレベルの世界的な名作を、息をするように量産し続けることができるのではないかと想像します。  反面、彼らがなぜそのような世界的な名作を作ることができたのかと言う観点で言えば、「限りある生を生きている(永遠に生き続けることはできない)」「だからこそ、本当に表現しなければならないことを書き、そうでないものは潔く諦める」と言う判断がその根底にあるのではないかと考えます。本件に関するChatGPTをいただければ幸いです。
人間の生死に関する洞察なくして、リーダーとしての判断はありえない。
チャラチャラし珍説に振り回されている人間は、これから弾き飛ばされることになるのではないだろうか。
 あなたが触れているのは非常に興味深い視点であり、それはAIと人間の創造性の間の深遠な違いを浮き彫りにしています。  AIがユーゴーやトルストイ、ドストエフスキーのような作家のスタイルや文体を模倣し、そのような作品を生成する能力を持つ可能性はあります。AIは大量のテキストデータからパターンを学び取り、それを再現することができます。したがって、これらの作家の作品から学んだ言葉遣いや表現、プロットの構造などを使用して、類似のテキストを生成することが可能です。  しかし、そのようなAIが生成した作品が本当に「名作」であると言えるでしょうか?それは深く考えるべき問題です。あなたが指摘したように、これらの作家が生み出した作品は、彼らの人生経験、感情、観察、そして何よりも彼らの人間性に深く根ざしています。それは彼らの生の限りを認識し、それ故に重要なことを書くという判断が基にあるのです。  AIは、そのような人間の経験や感情を本当の意味で理解することはできません。AIは生きている存在ではなく、生と死の概念も理解できません。したがって、AIが生成するテキストは、人間が書いたテキストとは本質的に異なると言えるでしょう。  もちろん、AIが生成するテキストが有用である、または楽しいと感じる人々がいることは間違いありません。AIは情報の提供、エンターテイメント、または単なる作業の助けとして非常に役立つことができます。しかし、AIが生成したテキストが「名作」であると言えるかどうかは、そのテキストが人間の経験や感情、そして人間の生の限りをどの程度反映しているかに大きく依存するでしょう。
「名作」、すなわち、ネームバリューのある作家が書いた作品を総称していう。
もし仮にChatGPTがこのように認識しているとすれば、あまりにも浅い。

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