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大企業から中小企業に転じる人への助言

 前々回のコラム『ITは「仕事ができる・できない」の格差を増幅する!』で私は、「大企業の経営幹部のような人ですら、仕事スキルを持っていない例が珍しくない」と、思いきった指摘をした。これは私自身がいろいろな企業を見るにつけ実感するところで、決して大げさにいっているわけではない。実際、私の社会人としてのスタートは従業員2500人くらいの中堅ゼネコンだったが、10人の上司がいるとすると「できる人」はせいぜい2人くらいというのが偽らざる印象だ。なるほど、学生時代にかじった「2:8のパレートの法則」は真理だなと実感した。
 だが、事態はそんな悠長なことを言っている場合ではない。再三述べているように「仕事スキル」は「ITスキル」と不可分に結びついており、さらにIT導入を成功に導くためには経営者以下、上に立つ者が率先垂範する必要がある。つまり仕事スキルのない経営幹部の存在は、自社のIT推進の大きなブレーキになる可能性があるのだ。もちろん、非効率な組織を抱えていても、きちんと収益を上げているのなら、私がとやかくいう筋ではない。だが、世の中は確実にITによる業務改善とスピーディーな意志決定を志向している。今は問題がなくとも、先細りになっていくのは目に見えている。

●意外と「できない」大企業の出身者

 上段では“大企業の経営幹部のような人ですら”と書いたけれども、実際のところ「仕事スキルに欠ける」のは中小企業育ちより、むしろ大企業の出身者に顕著であるように思う。ここで「出身者」という言葉を使うのは、大企業の中にいる時は目立たなかった仕事スキルのなさが、転職や出向・転籍その他諸々の事情で中小企業に入ったとたんに露呈するからだ。

 その理由については後述するが、ともあれ私も企業経営に携わるようになってほぼ10年。その間には多くの大企業の出身者とも、外部パートナーや顧客という形で、あるいは私の会社への中途入社社員という形でかかわってきた。様々な出会いの中で、「さすが!」と感心させられることも多々あったけれども(これは強調しておきたい)、しかし「えっ?」と思わされることも決して少なくはなかった。

 もちろん、大企業に入社した方の知的素養は高い。学生時代の成績も優秀だったことと思う。疑問符がつくのは、仕事に対する取り組み姿勢、マインドの部分である。私の「えっ?」は、特に情報共有・活用というシーンにおいて顕著に現れた。彼らはこういうのである。「部下が情報をくれない」「だから判断のための材料が不足する」と。しかし、このコラムでも何度となく述べているように、情報とは「こちらから積極的に発信する」姿勢なしには決して得られるものではない。それは情報共有・活用の基本中の基本である。

 そのことをそれとなく指摘すると、「いや、ちゃんと情報発信はしている」という。ではその発信の状況はどうかと確認すると、実は「必要なタイミング」で「必要な情報」を出していなかったり、ダラダラと長いだけでポイントの分からないメールを書いていたりする。そうしたレベルの課題はさっさと卒業したうえで、時には部下からの情報に頼らず、自ら一次情報を収集して分析し、それを部下に発信するくらいの気構えが欲しい。スムーズな情報共有・活用ができなければ当然重要な判断も指示も下せるはずもなく、結局「仕事スキルの欠如」に帰結する。

●中小企業で求められるのは、より原始的な基本レベルの力

 中小企業よりはるかに人材の層が厚いと考えられる大企業の中で、それなりの地位にあった人がそうなのは、いったいなぜなのか。やはり、大企業ならではの構造的な問題に由来しているのだろう。なまじ仕組みや人的資源がしっかりしているだけに、それにサポートされて仕事をすることに慣れ切ってしまっているのだ。自立的・自発的に仕事をする習慣がない、と言い換えてもいいだろう。

 それは大企業の中ではいいとしても、こと中小企業では致命的な欠陥となる。中小企業は、原則として社長以外は、役員といえどもすべて現場に近いところで、間接部門のサポートがない環境で仕事をしているからだ。もちろん、社長の動向には常に気を配っておかねばならないが、中小企業においては、必要とあらば自らアクションを起こして状況を把握し、改善していくような自立的・自発的な人材が求められる。たとえ年輩社員・管理職であってもだ。

 例えていうならば、大企業での仕事というのは全自動洗濯機での洗濯のようなものだ。洗濯からすすぎ、脱水まで自動でやってくれるので、そこで求められる能力は、いってみればボタンを押し間違わないことぐらいである。かえって下手にマニュアル操作をすると、洗濯機を壊してしまいかねない。しかし、その感覚を中小企業に持ち込んではならない。なぜならば中小企業は、昔ながらに川の水と洗濯板と固い石鹸を使って洗濯をするからだ。それだけ原始的な、基本レベルでの力が求められるのである。

 今こうして執筆をしている最中にも、リストラや大量解雇のニュースは間断なく入ってくる。大企業に勤めているからといって、“全自動の環境”の中で定年を全うできるのは、今後は役員候補の人くらいだろう。こうした変化の激しい時代を生き抜くためには、何よりも「自立的・自発的」という習慣をつけること、その応用として真の「情報共有・活用能力」という武器をまとうことである。大企業で“待ちの姿勢”にどっぷりと漬かってしまうと、その後の報いは酷いものになるだろう。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第40回 大企業から中小企業に転じる人への助言」として、2003年1月6日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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