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中小企業のIT化を阻む「組織の澱み」への処方箋

 現在の中小企業の問題点は、製造業は垂直統合型の下請け構造に組み込まれ、卸売り・小売業は旧来の顧客・商圏との慣習的な付き合いに依存しており、自律的に経営革新を経て新しい市場に打って出ることが難しいことにある。しかも、経営トップや幹部に古い枠組みから抜け出すためのビジョンがない。だが、敢えてそこを乗り越えていく意志がなければ、経営革新など起きようはずもない。それでは、ITなど結局役に立たない。
 最近になって私は、規模の大小を問わずどんな企業にも「状況を改善したい」と強く思っている社員が存在する、ということに気が付いた。要はそれを吸い上げて活かすことができるかどうかなのだ。これは経営者の資質に関わってくる問題でもある。

 仕事柄、私はさまざまな企業のあらゆる職種・年代の人たちに会ってヒヤリングをする。そこで驚かされるのは、若い社員や女性社員などは、実に正確に自社の問題点・改善すべき点を把握しているということだ。推測するに彼らは、まださほど企業の色に染まっておらず、そのため一消費者、一生活者としての目や、ある種のバランス感覚を保ち続けているのだ。それが自社の「動脈硬化」を直感的に気づかせるのだろう。

●トップの熱意なくして経営改善の実現はありえない

 実際にこんなことがあった。さる下請部品メーカー・A社の経営改善のお手伝いをしていた時のことである。「案の定」というべきか、幹部クラスの社員は私が何をいっても「柳に風」という風情だった。ところが、若手社員らは自社の問題点を正確に指摘し、しかもどう改善していくべきかという方法論についてもしっかりした考えを持っていた。私はすっかり感服して、「何だ、皆さんがそれだけ分かってらっしゃるのなら、後は上司に報告して改善していくだけじゃないですか」と言った。

 すると彼らは「いや、私たちがこんな改善提案をしたところで、会社の上の人たちは決して取り合ってはくれないんです」と眉をひそめる。聞けば、過去にも何度か若手が中心となって業務改善を提出したことがあるのだが、その都度「生意気だ」「社風にあわない」「予算がない」などと難癖をつけられ、結局、経営会議の議題にかけられることもなかったというのである。おかげで彼らはすっかりやる気をなくしていたのだった。

 由々しき事態というべきだろう。先に「(社員の改善提案を)吸い上げて活かすことができるかどうか」と述べたが、意見を持っている人間の熱意がスポイルされていては、改革の芽は断たれてしまう。この会社は表面上は改善提案をしてきた社員への表彰制度を整えているのだが、「戦略不在は戦術ではカバーできない」「戦術不在は現場の改善ではカバーできない」ことを若い人は見切ってしまっている。

●「人」や「組織」の問題はシステムでは変革できない

 こうした組織の弛緩の徴候は至るところに噴き出していた。A社の経営者が最初に私に相談してきた内容は「情報の共有化がスムーズにいかない」ということだった。読者の方には信じられないような話かもしれないが、大切なクライアントからの注文を口頭連絡で済ましていたりしたために、営業と製造の双方で「伝えた」「聞いていない」の水掛け論も珍しくなかったという。それが余計な作業工程を増やしたり、あるいは製品の歩留まりを悪くさせるといった具合で、ひいては経営を大きく圧迫するようになっていた。

 そこでまず私は「グループウエアを導入して情報の流れをよくしよう」という青写真を描いた。単純ではあるが、こういうケースではグループウエアこそ最小の投資で最大の効果を上げるツールだと判断したのである。しかしその後ヒヤリングを進めるにつれて、私は自分の読みの甘さを痛感させられた。若手社員の間に「そもそも先輩がグループウエアに打ち込んだ情報を見てくれない」「そのことを上司に指摘しても、にらまれるだけ損」というしらけムードが蔓延したのである。組織そのものが澱んでいては、ツールなど役に立たない。

●まずは「情報の共有化」のリテラシー教育から始める

 私は「IT導入よりも先に全社的な意識改革が必要だ」と考えを改めた。それで何をしたかというと、グループウエア導入はとりあえず先送りし、まずはあらゆる社内の伝達事項を必ず書面で行なうようにしたのである。次いで、そうした情報を受けたら必ず何らかの方法で返答すること、そして上司・上長が自ら率先してこれらを実践することを徹底させた。併せて、情報のパイプのキーマンである現場の職長、営業課長にフォローアップ研修を行った。

 アナログの書類に頼る方法は情報共有手段としては明らかに効率が悪いが、少なくともそうやって情報の通り道を開けておけば、澱んだ組織が少しずつ改善されていくはずである。そして、ある程度「情報の共有化」の筋道をつけたところで、初めてグループウエアを導入する。そうすることで、さらに情報の流れはスムーズになり、各自が情報共有の効果を実感することで、「人の意見を聞き入れない」体質に風穴を開けられるのではないかと見込んだのである。

 こうした書面による情報伝達の開始から2ヵ月後、効果は目に見えて上がってきた。伝票などもキチンと書かれるようになり、不明点をおざなりにして作業を進めるということもなくなった。当然、作業効率はこれまでよりも数段アップした。人間とは欲張りなもので、こうなるとさらなる欲求が生まれてくる。「近藤さん、いちいち書類化していると、書類を保存・管理するのが大変だよ。何とかならない?」などという意見が上層部から出てくるようになった。

 「紙に書いて残す」ということを習慣づけるだけでも業務は効率化し、そしてこれだけの意識の変化である。私は「今こそ絶好のタイミング」とグループウエアを導入した。その結果はいうまでもないだろう。すでに社内では情報共有化の重要性もその効果も周知され、「聞き入れない」体質にも相当の変化が現れていたのだから…。紙から電子への移行は私も驚くほどスムーズに進み、現在では同社は完全に経営を立て直している。同社が若手の意見を吸収して下請け体質を脱していくことさえ、決して夢ではないと考えている。

 先に「IT化を成功させるためにはトップの熱意が必要」と書いた。その熱意を組織全体に浸透させていくための手段は、業種・業態によってさまざまだが、いきなりIT導入をせずに、具体的な「効果」を体感させながら目指すゴールへと導いていくやり方は、非常に有効な手段の一つである。同時に、若手社員のやる気や熱意をスポイルしないような方策を考えることも、併せてお願いしておきたい。俗にいう「中小企業には人材がいない」というのは嘘だ。彼らと真剣に向き合えば、必ずや改善に役立つ意見が聞けるはずである。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第33回 中小企業のIT化を阻む『組織の澱み』への処方箋」として、2002年9月25日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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