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IT導入は事業継承の切り札になるか?

 今、中小企業は大きな過渡期を迎えている。様々な環境変化が複合して中小企業経営を難しいものにしている。一つは、より一層厳しさを増す企業金融・激しく変化する市場といった外的要因。もう一つは、IT活用が企業内の情報処理の大前提となってきたという内的要因。そして、創業経営者から二世、三世への事業継承がこうした厳しい時代にぶつかってしまうという間合いの悪さの問題である。
 少しでもやる気のある後継者なら、先代のやり方を踏襲するだけでは、今後は活路が開けないことは理解できるはずだ。そして、そのための経営革新のツールとして、イメージ先行でITに飛びつく心理は分からないでもない。IT活用支援をしていると、「世代代わり=IT活用型経営革新」という事例があまりに多いのだ。

 先代や創業社長から経営のバトンを引継ぐ人(社長の息子、娘婿、たたき上げなど様々な立場ではあるが…)は総じて若い。大まかに言うと、30代前半から40代半ばぐらいまでで、若手経営者、二世経営者といわれる部類である。

 この世代は、脇目もふらずに工場現場に立っていたり、得意先に張り付いていた先代社長とは異なり、異業種交流会や若手経営者の会で、情報交換を積極的にしてアライアンス先を見つけたり、ビジネスチャンスの発掘に貪欲な人が多い。さらに、青年会議所などで、“あるべき経営理念”といった志の高い議論に触れる機会も豊富だ。

 当然、最近の経営課題のど真ん中にあるIT活用型経営革新については、勉強会や意見交換も盛んで、自然と耳年増にもなる。自社に帰って、“よし、我が社もIT活用で一気に業務革新と組織改革を進めよう。我が社は生まれ変わるんだ”との強い思いで、IT活用推進に取りかかる。

 尊敬するワンマン社長といえども、意外と現場の不満は積み重なっているものである。刺激のなくなったつまらない日常が、経営トップが変わる事で一新されるのでは、という期待は大きい。「若手経営者のイメージ=革新的」であり、とにかく思いきったことをやってくれ、といったムード先行の期待が当初は盛り上がる。一方でその結果、自分たちに何が降りかかってくるかへの想像は及ばない。1年前に爆発的に盛り上がった“小泉人気”のようなものである。

 二代目が先代からバトンタッチすると、まずは新しい考え、自分なりの経営方針を明示し、社員の求心力を高めようとする。その一方で、現場の人は大抵こう思っている。「俺たちは、苦楽を共にしてくれた先代を信頼し、先代のためにと思って働いてきた。いくら実の息子さんとは言え、そんな俺たちの思いが理解できるとは思えない。果たしてどこまで俺たちの気持ちに食い込めるか、お手並み拝見」といったものだ。血縁でない場合は、見方はもっと辛辣になるだろう。

●現場とのコミュニケーションが取れない状態でIT導入はできない

 そこに新社長主導でITを導入するとどうなるか。現場とのコミュニケーションがうまく取れないまま、ITベンダーの言うがままに、システムを導入してしまう。しかも、何のために導入するか、それによって何を変えようとしているのか、そのために従業員にどんなことを期待しているのかといった細部にわたるケアはない。ITを入れれば組織は変わるはずという「おまじない」だけが拠り所なのだ。

 当然、そうした経緯で導入されたシステムは、大概使い物にならない。現場は決まってこう言う。「案の定だ。結局、どら息子は現場の事なんか分からないし、知ろうともしない。もっと現場の事を経験し、理解してから組織改革なんてものは考えればいいのに…」「やっぱりITなんか、俺たちには必要ない。そんなものでまっとうな仕事ができるはずがない…」。一度現場にそっぽを向かれたら、新社長が古株の従業員との関係を修復するのは容易なことではない。

 ITは、諸刃の剣である。導入の大前提の土壌ができていれば非常に有効なツールであるが、逆に土壌ができていない状態で半ば強引にIT推進を推し進めると、経営トップへの不信感につながり、企業が崩壊してしまうリスクがある。良好な人間関係、今回の事例で言えば、若手経営者と現場の信頼関係やコミニュケーションが十分にできていなければ、導入のためのヒヤリングもままならないし、実際の運用も齟齬だらけになる。

 新社長がまず第一にやるべきことは、やはり現場に飛び込み、ガチンコ勝負をして、自分がきちんと汗のかける人間、従業員と苦楽を共にできる人間であることを実証することだ。そして、「厳しい経営環境だけれども、この難局を乗り切る為に全社一丸で頑張ろう。少々の痛みは、社長と分かちあって…」というムードができてからIT導入を図るべきである。

 事業継承、経営者のバトンタッチは、本当に難しい事だと思う。しかし、そこで起死回生策としてIT活用を焦っては元も子もない。従業員の信頼を得るという“ヒューマンな部分のバトンタッチ”を十分行なってからIT投資に着手しても、決して遅すぎることはない。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第28回 IT導入は事業継承の切り札になるか?」として、2002年7月9日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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