2020年10月22日

 五度目の入浴。月に二回は柴犬としては多いほうかもしれない。かといってこなつが入浴を得意なのではない。シャワーをかけると私の後ろに隠れようとして前足でがりがりやるので(ちかごろは上手に私の肩まで登るので油断ならない。あと痛い)、手でぱちゃぱちゃかけてやる。シャンプーを落とす時にはシャワーからかけざるをえないので、その時は毎回戦争だ。
 脱衣所に出すと「ひどい目に遭った」といいたげにブルブルを繰り返す。そのくせタオルで拭く時には遊んでもらっていると勘違いして盛り上がる。こなつはなにしろタオルが好きなのだ。好きすぎてあっという間に噛み切ってガムみたいにくちゃくちゃやるので、滅多にタオルを出してもらえないのである。こなつ、と私は言う。噛んだタオルのかけらを飲んで吐いちゃったことがあるでしょう。忘れたの?
 こなつはもちろん忘れている。そもそもタオルを噛んだことと吐いたことの因果関係もわかっていない。

 こなつの掃除嫌いはすっかりなりをひそめた。こなつがケージから出ている状態でスティック型掃除機を使うことができる。こなつは掃除機に対抗して戦闘態勢をとったり、飛びすさったりして楽しそうである。本気の警戒から「警戒ごっこ」へ移行した感がある。
 クイックルワイパーにいたっては大好きだ。こなつの好むひらひらした薄いものがついているので、それをねらう。私はヘッドをすばやく動かして掃除を進める。こなつはダンスを踊るようにそのまわりで跳ねる。
 私は料理好きの掃除嫌いで、掃除はルンバのボタンを足で押すくらいしかやりたくなかったのだが、こなつがいれば拭き掃除も楽しい。実際問題としてリビングに子犬がいると拭き掃除は必須でもある。

 週末に来客。こなつはだいぶ前から「来客イコール楽しい時間」と学習しており、大はしゃぎだった。外でも帰宅後にもお客にまとわりついてテンションが落ちない。長い散歩をしてそのまま外で待ち合わせたので、こなつにとっては楽しい時間がたっぷり続いたことになる。そういうときにはいつにも増して疲れを知らずはしゃぎつづける。そして実は眠いので甘噛みが激しくなる。
 こいぬスペシャルデー、と私は言う。こなつは寝なさいと言う。昼寝しないと寝足りないでしょう。しかしこなつはもちろん寝ない。自宅でこなつをケージに入れて人間だけで楽しんでいるとものすごく不満げである。こなつはなんでも一緒がいいんだねえと私は言う。でもだめ。いっぱい歩いていっぱい遊んだでしょう。これ以上は落ち着きこいぬになってからでないと一緒にできません。
 こなつは来客と私が話しているあいだにケージの中で寝落ちし、寝言を言っていた。ケージの外で寝ないのは相変わらずだが、人間同士が話していても熟睡するようになったのは良いことである。

 こなつの甘噛みにはムラがある。朝起きてケージから出して遊んでやるときからがぶがぶしたくてしょうがない時もあるし、散歩に行くまでひとかみもしない時もある。夜も同様で、落ち着きがないのはいつものことだが、うろうろしたり人にかまってもらおうとしたりしながらも噛みはしないときと、もうどうあっても噛むんだという状態になっていることがある。
 外では噛まない。近所の公園で小児の集団に揉まれても噛まない。例外が散歩から帰ろうとするとき、自宅の前で、ふだんの甘噛みのときの楽しそうな顔とは異なるマジ怒りの顔でがっと来る(ただし強くは噛まない)。どうやら「自宅マンションの前に来て飼い主が立ち止まると散歩が終了する」という世界の法則に気づいてしまったようだ。かしこい。
 足ふきでもしばらくはそれに近い怒りっぷりだったが、散歩帰りのマジ怒りが発生してからというもの、それほどでもなくなった。足を拭かれること自体がいやだったのではなく、散歩終了が嫌だったのか。それとも足ふきには慣れたのか。なにしろ何にでもすぐ慣れる犬なのである。

 こなつは一日合計二時間の散歩でもまだ物足りないようなので、ダッシュを加えることにした。近所の公園は遊具のないスペースもあり、帯状に40メートルほど走ることができるので、こなつと一緒に走っている。「走るよ」と言って走り出すとこなつは大喜びで私を先導する。ときどき口を半開きにした笑顔でこちらを見るのがとてもかわいい。かわいいのだが、私は早々にバテてしまう。こなつは平気のへいざである。
 子犬が走るとほほえましいからか、公園に子どものいる時間帯にやると、よく子どもたちが寄ってくる。たいていは複数名で、「さわってもいいですか」といった質問ができる子どもがいちばん前にいる。いいよと言うとうしろの子たちもわっと寄ってくる。私は子どもたちに犬のさわりかたを指導し、一緒に走るなら少し離れてリードがからまないように気をつけて、と言う。それから走る。犬と小さい子たちが一緒に走る光景はなんだか映画みたいだ。それにつきあう大人はハートをフルに酷使するのだが(心臓は早鐘、事故がないよう気を遣うので気持ちも疲れる)。
 こなつは身体を動かすのが好きなので、飼い主としては「おおそうか、楽しいか、よしよし」と甘やかしてつい運動メニューを増やしてしまう。もしかするとそれでよけいに身体が発達して「もっと動きたい」となってしまうのかもしれない。本年度こいぬ部門強化選手、と私は言う。何の競技か知らないけど、きっと東京ブロック代表だよ。
 人間の足ではこなつには遅すぎる。リードつきばかりでは気の毒だ。こいぬ部門東京ブロック代表にふさわしい練習をさせてやりたい。すなわち、早くドッグランの使用権を獲得したい。区内のドッグラン争奪戦に敗れたのがつらい。次回の争奪戦は十二月。待てやしない。もう電車に乗せてでもドッグランデビューさせたい。ドッグをランさせたい。ドッグはランするものだからである。

 乳歯はだいぶ抜けた。こなつが「なんかへん」とでも言いたげに首をうつむけて何も食べていないのに口をくちゃくちゃしだしたら抜けかけの歯が気になっているのである。
 先だっては夜の散歩中にかちゃりと音がして、小石でもくわえたのかと思ったら(こなつはしばしば小石をくわえてぺっと吐き出す。くわえた瞬間を見とがめられると私に口をあけさせられて取り除かれる)、どうもそうではない。帰宅するとかちゃりとそれを落とした。犬歯だった。甘噛みで人間たちを悩ませてきた、小さく薄くするどい、いかにも犬らしい乳歯だった。

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