2020年10月13日

 こなつの散歩がおおいに進歩した。
 はじめからよく歩くので驚いたのだが、その後もどんどん歩行距離が伸びている。朝晩一時間ずつ、または一度に二時間程度を散歩にあてているのだけれど、同じ時間でより遠くまで行けるようになった。人の多い場所も短時間なら歩き回れるようになった。気になるものの前で停止するので、長時間は(こなつではなく私が)まだ無理である。
 私の子犬は街路を歩き、巨大な横断歩道を渡り、ターミナル駅の前に出て、道の向こうで輝くネオンを眺める。都会の女である。とはいえ、はしゃいで歩いたために自分にからみついたリードに向かって「おまえ敵か」と吠えるような、子どもらしいところも残っているのだけれど。

 身体の成長も著しい。すぐにだめになるだろうと思いながら買った胴輪が案の定そろそろ使えなくなりそうだ。新しいのを用意しているから、いいといえばいいのだが、それにしたって短い命だった。
 胴輪をつけた写真を見ると、初期はだいぶ余裕があったのに、今やちょうどぴったりで、背中を止めるマジックテープは端の部分を使っている。そんなにもこなつは大きくなったのだ。たったの三週間で。
 一時期細すぎて心配したからだつきもずいぶんしっかりしてきた。相変わらずばっちり筋肉質で、全体のバランスが取れてきた現在、ほれぼれするようないいからだである。こなつは嬉しいとリビングを犬走りしてその勢いのまま私に突撃するのだけれど、今はそうされると「どすっ」と音がする。もはや打撃である。こなつはそのまま私の膝に乗って甘えている。私は彼女に尋ねる。痛くないのかい、おまえ。
 こなつはぜんぜん痛くないみたいだ。膝の上で猫みたいに丸まってくねくねして人間の袖口の布をねらう。そうやっていると赤ちゃんの犬みたいだ。うちに来てすぐのころみたいだ。私は彼女に言う。こなつさんはまだ赤ちゃんですねえ。赤ちゃん赤ちゃんですねえ。
 でももちろんそうではない。体重が三ヶ月時の2.5倍になった。じきに私の膝に乗りきらなくなるだろう。

 こなつを田舎に連れて行く準備をする。
 まずはクレートトレーニングである。成犬になってまで使えるかどうかは微妙な大きさだが、それでも立派なクレートだ。おやつで誘導して入れる。こなつはたいして警戒もせず、すっと入り、扉を閉じてもあまり抵抗しない。すぐに出して、また入れる。「クレート」と言えば入るようになるのが理想だが、一日かそこいらで自分から入るのだからたいしたものだと思った。
 続いては酔い止めの処方。おなじみの獣医師に体重をはかってもらう。4.8キロ。ほぼ五キロである。重いはずだ。十日かそこいらで600グラム増えたことになる。体重の一割以上だ。やばい。こいぬまじやばい。
 酔い止めは「わんちゅーる」で服薬させた。こなつはあっけなくそれを飲みこんだ。薬を飲ませるのにまったく苦労しない。助かる。

 こなつを車に乗せる。運転は人任せで、私は犬の面倒を見るだけである。
 こなつは最初こそひゃんひゃん鳴いたものの、三十分もすると静かになった。ドライブ楽しいねえと私は言った。こなつは「そういうわけではない」というような顔をしていた。なにしろ酔わなくてなによりだ。
 到着後は畑の横を歩き、林道も散歩し、夜は土間に放し飼いされ、ふだんとまったく違う環境で過ごした。こなつは田舎道を気に入ったようで、めちゃくちゃにおいをかぎながらもうきうきとよく歩いた。藪につっこんで被毛に「ひっつき虫」をつけ、落ちているいがぐりに口を近づけてキャンと鳴き、蜘蛛の巣に遭遇して猫みたいに顔をこすった。ずいぶん楽しそうで私は安心した。
 ところが、帰り道では大きい声で鳴く。トイレじゃないかということで早々にパーキングエリアに寄ってもらう。果たしてトイレだった。私は感心した。犬はことばを使えないのに、ちゃんと「トイレ行きたい」と伝えることができるのだ。「クレートの中でしたら自分の居場所が汚れてしまう」とわかっているのだ。
 これで静かに過ごせるだろうと思ったのもつかの間、何がスイッチかわからないところで鳴きはじめる。かわいそうになってしまった。あんなにもずうずうしく何にでも慣れてどこでも平気で歩く子犬なのに、復路に至っても車が怖いのだ。私はふだんやらないおやつをばしばし与え、クレートの隙間から指を入れてこなつを撫でつづけた。
 あとから考えてみると、あの吠え声は、眠いのにエンジン音や慣れないシチュエーションで眠れないという意味だったのかもしれない。こなつは滅多にああいう吠え方をすることがない。フードはたっぷりやっていたし、おやつも食べさせていたから、あとは睡眠が必要だったのではないかと思う。わん、わん、わん、ねむい、ねむい、ねむい。

 帰宅して安堵する。こなつはわりとすぐに元気になり、自主的にクレートに入ったり出たりしている。クレートを嫌いにならなかったのはなによりである。私は持ち運び用に解体しておいたケージを組み立てる。こなつはそれを見て仰天する。家を解体されるなんて、何度経験したって慣れるものではないのかもしれない。
 組み立てが終わるとこなつがこちらを見る。私は「ハウス」と言う。こなつはいそいそと入り、そうしてこてんと眠りにつく。こなつがリビングで寝るところを見たいと思っているのだけれど、それはまだかなわない。

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