2021年1月23日

 飼い主の仕事の都合でこなつを二泊三日の預け保育に出す。社会化のために一週間の合宿をしたところで、合宿卒業生はペットホテル料金で任意の日数の利用が可能なのである(ホテルのみのお客は受け付けていないとのこと)。
 こなつは地下鉄は平気のへいざである。私もだんだん慣れてきた。というか、腕の筋肉がついてきた。キャリーバッグに入ってくれるまで遠くのドッグランは難しいと思っていたが、最近はもうクレートで連れて行っちゃえばいいかなと思っている。
 ついでにしつけの相談をする。散歩帰りの足拭きでガウガウする件である。店長(実際にペットショップの店長だが、この店では子犬を売っていないので、業務内容的にはトレーナーである。でも呼び名は店長)によれば「拭かなくてもいいのでは?」とのことだった。
 ゴシゴシ拭かなくても濡れたタオルの上でも歩かせておけばまあまあきれいになるので、気になったら落ち着いたあとまた拭いたらそれで済むことでは、とのことだった。柴犬だし、と店長は言った。たしかに、と思った。足の裏にもさもさ毛の生える犬種でもなし、もともとウェットティッシュで拭っているだけなのだ。店長からは「お手を教えるのも手です、わたしも普段は教えませんが、足を置くだけのお手ではなく握らせたりすれば訓練になるので」との追加情報があり、ちょっとびっくりした。私は、お手なんか人間のための芸みたいなものだから、こなつには必要ないと思っていたのだ。
 その後、預け保育先でのようすがいくつかの動画で送られてきて、「おてんばではありますが、まったく問題ありません」とのお墨付きをもらった。飼い主の性格に合わせて雑に育てているとはいえ、育ちぶりを褒められると嬉しいものである。

 こなつは預け保育から戻って二日、晩の散歩の途中で突然胃液を吐いた。これまでに三度吐いているが、いずれも内容物があった。食いちぎったタオルや自分の毛や公園で舐めとった泥などを吐いたのだ。そして吐いたあとはけろりとしていた。子犬はよく吐くものと聞いているし、吐く理由があって吐いたので、そのために病院に行くことはなかった。
 このたびもその場では平気そうで、通りかかったトイプードルにあいさつして飼い主さんにかまってもらったりしていたのだが、帰宅後もときどきゲッゲッとやっており、どうもようすがおかしい。ゲッとなるのが気持ち悪いらしく、耳を倒してぷるぷる震え、その後もため息をついてしょんぼりしている。
 翌朝も私が起きるころにゲッゲッという音をたてていて、あからさまに調子が悪そうだった。部屋の隅に歩いていって丸まり、「病気の犬です」みたいな顔をしてこちらを見る。手術から数日後のようすに似ている。つまり、肉体的にめちゃくちゃ苦痛というわけではないが、なんらかの不快感があって元気がないということか。仕事の都合がつく日だったので在宅勤務に切り替える。
 かかりつけの動物病院の休診日だったので近所の別の動物病院に連れて行く。外に出るとちゃんと歩くし、トイレも正常だ。なにしろ子犬なので異物を飲み込んでいるのが心配だったのが、レントゲンの結果も血液検査の結果も異常なし。獣医師に連れられて待合室に戻ってくるときになぜかドヤ顔をしていた。「注射をがんばった」と言いたかったのかもしれない。おやつをあげてほめてやった。こなつは注射で暴れたり鳴いたりしないので助かる。
 獣医師の見立ては「胃液が多く出て吐いて、それで食道などが焼けているのではないか」とのことだった。消炎剤一回分と胃薬一週間分が出た。念のためわんちゅーるも買って帰ったのだが、こなつはフードと混ぜた薬をあっけなくぼりぼり食べた。実に助かる。

 その後の体調には波があり、朝からしょんぼりして犬ベッドに丸まる(他の子犬にはよくあることかもしれないが、こなつにとっては異常事態である)こともあれば、元気に散歩することもあった。食欲にはムラがあり、いつもの半量しか食べないこともあれば、ちょっと減らして出した全量を食べて「もっとくれ」という顔をすることもある。
 これは経過観察が必要だなと思い、数日後の週末にかかりつけの動物病院に行く。いつもの獣医師に事情を説明すると、「わたしの判断もその先生の見立てと同じです。人間でいえば逆流性食道炎です」とのことだった。やれやれ、ひと安心だ。ついでに爪切りと肛門線のお手入れをしてもらった。
 私は少々反省した。こなつはうちに来たときから一日二食で、フルタイムワーカーとしてはたいへん助かっている。消化もよく、下痢ひとつしたことがないので、胃腸に関しておおいに油断していた。胃の中になにもない時間が長すぎたのだ。実際、獣医師は「夕ご飯を一割へらして寝る前にあげてはどうですか」と言っていた。
 こなつは間食が少なすぎるのだ。私はおやつまみれのしつけや散歩をするつもりがなく、しつけのための報酬はフード何粒かである。楽しみとしてのおやつも少量だ。おやつのパッケージには「総カロリー摂取量の二十パーセントまで」とあるが、こなつの場合は数パーセントだと思う。
 「おやつに頼らず生活習慣を確立させよう」「柴犬は寒さに強いのだし、服なんぞいらない。私は犬を着飾らせて喜ぶ趣味はない」「人間のための芸を仕込む必要はない。犬と人間の安全のためのしつけやたっぷりの散歩、犬同士の遊びのために飼い主の時間を使ってやりたい」……自分のそういう方針が間違っていたとは思わないが、部分的に裏目に出たことはたしかである。おやつが少なすぎて逆流性食道炎、服を着せていなかったから手術後の術語服でおおいに苦労、お手を仕込んでいなかったから足拭きの抵抗が長い。
 もちろん、それらをやっていたって同じ問題は起きたかもしれない。しかしなんというか、犬の飼育にはつくづく正解がないものである。

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