2021年5月5日

 こなつに食べムラが観察される。
 六ヶ月くらいまであんなにガツガツ食べていたのに、その後はなんとなく勢いがおとろえ、残すようになった。それでよその子犬の二倍以上だったフードの量を減らしながらようすを見て、近ごろは日によってはとうとう標準の量になった。もともとおやつは少なめで、トレーニングのおやつもできるだけフードを使っているから、よく動くわりに摂取カロリーが少ないとさえいえる。
 そうかと思うと出した量を一気に平らげてフード皿をぺろぺろ舐め、「もっと」みたいな顔をする。おかわりをその場で食べることもあれば食べないこともある。食べないことのほうが多い。なんなんだ。
 私はフルタイム労働者であり、基本は在宅といえどこのところは週に三回ほど、通勤時間を入れて八時間程度出勤している。それでこなつの食が進まないときにはフードをケージに入れて留守番をさせる。うちではそれを「お弁当」と呼んでいる。こなつは八時間程度のお留守番は平気のへいざである。ペットカメラで見るとぐうぐう寝ている。
 お弁当があるとき、こなつは私がざっと置いたフードをていねいに鼻で寄せ、その上にお気に入りのおもちゃをそっと置き、それからおもむろに寝る。どういうつもりなのかまったくわからない。さあ寝るぞというときに気が散らないように工夫しているのかもわからない。
 そうしてときどき起きて水を飲むなどする。そのときお弁当を食べることもある。食べなかったり残したりすることのほうが多い。夕方私が帰宅してケージから出しても食べない。散歩から戻ってリードを外すと一目散にケージに入ってガツガツ食べる。散歩帰りに残りを食べなかったことはない。どうもよくわからない。

 飼い主によってはフードを食べなければすぐ下げるという厳しい方針の人もいるようだけれど、こなつは一貫して細身であって、飼い主のライフスタイルからいってもお弁当ができると助かる。私のためにお弁当は続けるつもりでいる。
 こなつはお弁当が残っているのにしつけのご褒美にフードをやると食べる。おまえが残したフードなのにねえ、と私は言う。

 こなつの遊びは進歩した。
 おもちゃは綿のロープと綿のボール、それにゴムのボールである。それ以外は何をやってもすぐに壊す。ドッグトレーナーTさんに相談したら、「それでいいです」ということだった。Tさんのアドバイスで数粒のフードをペットボトル入れたりタオルにくるんだりしてノーズワークをしているのだけれど、こなつはペットボトルには数日で飽きて、タオルのほうは三ヶ月近く楽しそうにやっている。
 こなつはある日公園で小学生からゴムボールをもらった。それからけっこうな日時が経ったのに、そのボールはずっと、彼女のたいそうなお気に入りである。公園のフリースペースがあくと、こなつは私に向き直り、「あれは?」という顔をする。ルーティンになってはよくないので私はたいてい知らんぷりをしてこなつを歩かせるなどする。そうして忘れた頃に取り出して遊んでやる。
 こなつはものすごく喜ぶ。ボールを取り出した段階で満面の笑み、シャッとお座りしてらんらんと輝く瞳で私を見る。口まで開いている(しかしそれでも私に向かってしっぽをふらないのはどういうわけか。ほかの人にはよくしっぽを振るのだが)。
 私とこなつだけでボールで遊ぶのも好きだが、ほかの犬がいるときにボールを出すのが近ごろはことに好きである。こなつはよその犬にボールを見せびらかす。いかにも「いいでしょ」というようすである。性格が悪い。よその犬によっては所有欲をかきたてられるだろうから、よく知らない犬の前ではやらない。
 よく知っている犬の前でやってみたら、こなつはよその犬にボールを貸してあげるだけの度量があるのだった。よその犬が自分のボールで遊んでいるとじっと見て奪い返すチャンスをうかがっている。性格が悪いだけではなかった。よかった。適度に取り合うのが好きなようで、わざわざ譲っているときもある。とにかく遊び好きの犬である。
 そうして、好きな犬には別格の扱いをする。こなつがいちばん好きな犬はジョージである。ジョージはこなつより半年ほど年長の白のマルチーズで、こなつがマルチーズサイズだったときに犬プロレスの手ほどきをしてくれて、何くれとなくよくかまってくれた。かれはもう成犬してしばらく経つので取っ組み合いはさほど好きではないのだけれど、こなつに合わせてちょっとやってくれたりする。こなつは自分よりずっと小さいジョージに気を遣い、後肢で立って前肢でそっとかれの肩を押し、決して体重をかけず、あけた口を近づけても歯先で撫でるようにかすめてすっとからだを引く。
 ジョージが遊びに飽きてよそへ行くとこなつも他の犬とてきとうにして、よその飼い主さんにかまってもらうなどする。それからジョージをちらと見て、私に向かってボールを出せと督促する(水を出しても「これじゃない」と主張、おやつをやっても「食うけどこれじゃない」と主張する)。
 こなつはボールをくわえていそいそとジョージのもとへゆく。ジョージはボールを好きである。こなつはジョージにボールを見せ、口からぽとりと落とす。ジョージがボールで遊ぶとこなつは満足そうにそれをながめ、ときどきそれを取って「ほらほら」とやる。
 わたし、いいもの持ってるでしょ、だからもうちょっと遊んでよ。そういうようすである。
 遊び疲れた二頭に水をやる。かれらは水をのむ。そうしてこなつはジョージの鼻をちろりと舐める。うれしそうである。

 こなつの所有や所属の感覚はまだ私にはちょっとわからないところがある。所有欲が進みすぎないよう、遊んでいる最中におもちゃを取り替えたり、大きな牛革ガムを噛んでいるときに「ちょうだい」したりしているので、その成果かもわからない。それにしたってまだわからないところがある。
 たとえば水である。こなつは赤ちゃんのころからよく水を飲む。散歩中に喉が渇いて私が気づかないと、歩いている私の脚にくねりと身を寄せ、「なんか忘れてないか」という顔をする。だからしばしば水を飲ませているのだが、公園で他の犬がたくさんいるとき、私が水を出してもよその犬の水を飲みたがる。ぜんぶ東京都の水道水なのに。この現象は他の犬にも観察される。「よその水はうまい」と私たち飼い主は言う。

 毛刈りは頻度を落とした。朝晩スリッカーブラシ二杯たっぷり抜いていたものが、今では一日一回でもブラシいっぱいにならない。よその柴犬の話を聞いているとこなつより早く抜け終わる子もいればまだめちゃくちゃ抜けている子もいる。個体差が大きいようである。こなつは私の花粉症と同じ期間にはじまり、ピークも終わるのも同じくらいのようだ。二月末からぼちぼち、三月は盛大、四月前半は無限のごとく、後半は急におとろえ、ゴールデンウィーク近辺におさまる、といったぐあいである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?