2020年11月8日

 こなつは社会化お泊まり(預け保育のようなもの)から戻った日から風邪をひいた。小さい生き物は預ければ何かもらってくるものである。目やにをとってやり、鼻水を拭いてやり、しょんぼり下げたおはち(頭)をなでてやるのがちょっと楽しかった。戻った日から翌日までに乳歯が四本抜けた。
 預け先では最終日に目やにを取ろうとしたらえらく抵抗したようで、店長も私も心配したのだけれど、疲れると何かと反抗的になるという程度のことだったみたいだ。乳歯がたくさんグラグラしていて歯磨きすると歯磨きシートにたくさん血がつくくらいだったから、それもいやだったのだろう。
 乳歯が抜けたのはそれがピークで、その後は目の前では抜けず、歯茎から血も出ていない。抜け終えたのだろうと思う。あっという間だった。私の目の前で抜けてこなつが飲みこまず床に落とした七本の小さな歯が手元にある。永久歯の殻みたいに中が空洞の、人間の乳歯とはずいぶんちがう歯だ。とても小さくて薄く、化石のように不思議なかたちをしている。瓶かなにかに入れてとっておこうと思う。

 散歩は預け先の店長の言うとおりすぐにできるようになった。元どおりではない。マンションのエントランスのチラシ入れなど、今まで気にしていたものを横目で見て通り過ぎることができるようになり、他の犬にも相手にされないとわかるとすぐにあきらめる。
 歩き方も変わった。利き腕と逆の手でリードを持ってそちらを歩くようにさせると(預け先で)習ったので、そのようにすると、あっというまにできるようになった。突然に私の前を横切ったり正面を歩いたりしないのでとても歩きやすい。
 距離も伸びた。同じ時間でも長く歩けるので助かる。こなつはとにかくたくさん運動させておけば家でもよく眠り聞き分けが良い。こなつと歩きながら、私は鼻歌を歌う。「こいぬ a go-go」というオリジナルソングである。こいぬ、こいぬ、ゴーゴー。こなつ、こなつ、ゴーゴーゴー。
 こなつは上機嫌でちゃっちゃかっちゃっちゃか爪の音を響かせながら歩く。次のフィラリア予防薬をもらうときに爪を切ろうと私は思う。気になるものがあるとぱっと立ち止まってようすを見る。私はそれらについて説明してやる。あれはクレーン車だよ。大きいねえ。あれは改造バイクだよ。音をたてることを意図しているんだ。これは魚屋さんだよ。いいにおいだねえ。あれは保育園の子どもたち。台車みたいなのに乗っかって、大きい公園までお散歩しにいくの。こなつといっしょだよ。
 こなつは信号で「まて」もできる。ぴっと立ち止まって得意げに私を見る。ちょっと困っているのはそのあとで、大きな交差点の横断歩道では必ず走ろうとするのだ。そうして私を振り返り、盛り上がっているとリードをかんでガフガフ声を出して遊ぼうとする。
 これは私のせいなのだ。こなつが散歩をはじめたころ、大きな交差点を渡っている途中で信号が点滅したので走らせ、走ったことを褒めたのを覚えているのだと思う。一度きりだけれど、散歩をはじめたばかりのころにエキサイティングな経験をして、すごくうれしかったのだろう。歩いて、と私は言う。普通に歩いて。歩道を歩くみたいに。リードで遊ぶのは赤ちゃんのすることですよ。
 こなつは交差点を過ぎるとあっというまにスンと澄ましてまた上手に歩く。預け保育前ほどではないが気が散り始めるといろんなものをくわえるので、私はいちいち「だめ」と叱り、立ち止まって口をあけさせる。植物の種、人の捨てたお菓子かなにかのかけら、よくわからないゴム状の部品のようなもの。道ばたにはこなつがくわえたがる数センチ程度のものがたくさん落ちている。私が口に指を突っ込んだら素直に「あが」とやるのがかわいい。

 首回りの皮膚が柴犬らしく豊かになり、毛並みもふさふさしてきた。思ったよりは小さいけれど、成犬に近いからだつきになったように思う。体重は六キロ半くらいだろうか、獣医さんではかってもらうけれど、だっこした体感ではこの一ヶ月で一キロ程度しか増えていない。急激な成長期は終わったようだ。
 フードの量もこれ以上は増えないと思う。がっついて一気にかっこんでいたころが嘘みたいに途中でやめて、散歩から帰って残りを食べたりする(食べなくなると一度下げて散歩の後などに出してやっている)。量は相変わらず多く、朝晩200ずつを平らげる。一度180ずつに減らしたら足りなさそうにしているので戻した。朝晩合計二時間、休日など私に余裕があれば三時間歩いているし、同じ時間でも歩行距離が増えた。それで食べる量が同じか微減程度なのだから、やはり食欲はおさまりつつあるのだ。
 こなつはおとなのおねえさんだねえ、と私は言う。もう大きいのだものねえ。六ヶ月になるおねえさんなんだものねえ。

 お姉さんは身体能力も日々高まっている。この数日はソファに飛び乗るのが定番になった。ひょいと上手にのぼる。そうして人間のとなりで一丁前にNetflixを見たりする。なんならお気に入りのおもちゃをくわえたままのぼってくる。そうしてお膝に乗っかってくつろいでいる。始終ちゃかちゃか動いていた赤ちゃん犬のころとは違って、リビングで寝るところまではいかないが、ひとりでおもちゃを噛んだり私のそばでくつろいだりするようになってきた。つい数日前までリビングでもまったく目が離せなかったから、今の状態が嘘みたいだけれど、きっとこういうふるまいにもあっというまに慣れてしまうのだろう。
 しかしまだまだ子どもではある。ソファに乗ってしばらく過ごして降りたくなっても自分ではおりることができず、きゅんきゅん声を出して下ろしてもらう程度には、小さい子どもだ。試しに私の膝づたいに下ろしてみたら、ときどき自力で(といっていいのかはわからないが)降りられるようになった。

 一方、いやなことはいやだと自己主張するようにもなって、散歩のあとの足拭きでは毎回鼻面にしわを寄せてガガガと声を出す。私はかまわず拭く。無駄な抵抗をやめろ、と言う。足を拭かずにはお部屋に入ることができないのですよ。おう、噛むか、噛んでみろ、めっちゃ叱るぞ。
 こなつは甘噛み以上の噛みかたをすることがない。足拭きのときにグググと噛んでみせては「これくらいはねえ」みたいな顔をする。そうしてきっちり叱られる。思春期が近いなと私は思う。

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