2020年11月14日

 こなつを動物病院に連れて行く。体重は6.5キロ。体感どおりだ。このあと一歳までに肉がつくにせよ、六ヶ月齢段階での体高体長は小さめだから、8キロかそこいらにしかならないのではないか。
 こなつと散歩をしていると道を歩いている人々によくかまってもらう。犬を飼っている人が多い土地柄だし、子どもも多い。そうでなくても犬をかまう人が多い下町である。こなつは人が作業しているのを見るのが大好きだから、工事の見張りの人や休憩中の大工、スマートフォンを使っているスーツ姿の勤め人、時勢で入り口をあけはなっている商店や工場の人々、掃除中のマンション管理人など、さまざまの人の前で立ち止まる。そうしてけっこうな割合で「撫でてもいいですか」と言われ、かまってもらっている。ありがたいことである。
 そうするとときどき「豆柴ですか」と訊かれる。豆柴ではない。標準の柴犬である。そもそも豆柴という犬種はない。成犬時に小柄になると予測される子犬がそのような名前で高額で売られているというだけのことである。五十万とか七十万とか、柴犬の値段じゃないですよ、とブリーダーFさんが言っていた。同感である。柴犬は値が張っても二十万(こなつは素晴らしい環境をととのえているFさんの犬舎から購入したので二十万の犬である)が相場の、ポピュラーな和犬だ。

 そんなだから私は豆柴豆柴ともてはやす風潮があまり好きではない。こなつが十キロを超えたら電車に乗せられないから少し不便だが、「思ったより大きくなったから」と手放された保護犬の話などを聞くと、「いや柴犬は十キロ前後になるのが当たり前ですよ」「小さいのがいいなら他の犬種を飼えばいいでしょ」と思う。
 こなつちゃんは小さくていいなあ。かわいいかわいい、豆柴ちゃんだねえ。あら豆柴じゃないの、でもよかったね小さくて。
 そう言われてあいまいに笑い、柴犬はそういうのじゃない、と思う。柴犬はしばしば十キロを超えるものだし、家で飼う犬としてはもっともオオカミに近い野性的な犬種で、愛玩犬として開発されたおとなしい性格ではなくて、運動量だってすごくて、訓練すれば狩りだってできるくらい強くておりこうで、かしこくて自律的で、素晴らしい犬なんだからな、と思う。

 こなつにより多くの刺激を与えるために繁華街を散歩コースに加える。今は日暮れが早いので明るい繁華街は夜の良い散歩道になる。勤務の都合とこなつの昼寝の都合があるから、散歩は朝のほかに夜にもしたいのだ。
 夜は出勤だのゴミ出しだのによる時間制限がないから、こなつが刺激の多い場所でたくさん立ち止まっても心配いらない。そう思っていろんなところに連れ出しているから、日によっては夜の散歩だけで二時間だ。先だってはドンキホーテの前でたっぷり十分立ち止まっていた。こいぬにとっては刺激の殿堂である。

 夜はそのように冒険の時間で、朝は近隣の地理を覚え近くの公園で犬づきあいをする時間である。こなつ、と私は言う。道を覚えて私を連れて帰っておくれよ。私はものすごい方向音痴なんだよ。
 こなつは家というより家のすぐ近くの公園を覚えていて、朝遠くまで行ってもそちらに向かって歩くので、私は助かっている。
 こなつのめあては朝公園に集まる犬たちである。私は半分リモートとはいえ勤めがあるので(フルリモートの時期にこなつを迎えることができてほんとうによかった)、八時半には公園を出なくてはならない。大量にいる犬とあいさつをかわす。公園の人々によれば朝は九時半くらいまで犬だらけだそうである。円状のベンチスペースのまわりに集まるので、私は「犬の泉」と呼んでいる。
 私とこなつが散歩を開始する七時すぎから七時半あたりに一度目の公園まいりをするのだけれど、そのときにはやはり勤め人の飼い主に連れられた犬がぽつぽついて、そちらにも仲良しがいる。なかでも一歳ほどのジョージがこなつのプロレスごっこに長時間つきあってくれるので非常に助かる。私が思うに、プロレスごっこは「アクティブこいぬ科」必修科目であり、朝プロレスごっこができるとこいぬは昼間よく眠る。

 こなつは預け保育以降、恐れというものを覚えて、他の犬と遊んでいて怖くなるとキャンと鳴いて降参することができるようになった。勢いよくとびかかってくる大型犬(小型犬が多数派だが、大型犬もそれなりにいる地域なのだ)をよけながらキャンと鳴くのを見てしみじみ「よかった」と思った。無鉄砲すぎるままドッグランデビューさせるわけにはいかない。
 夜の散歩でときどき行きあう慎重派トイプードルのプリンちゃんの飼い主によれば、「ドッグランに行っても飼い主のそばから離れない」ということで、それはそれでたいへんそうだ。慎重な犬には「もっと他の犬と遊びなさい」と言って心配し、慎重さに欠ける犬なら「無鉄砲だから攻撃されるまで他の犬につきまとうのではないか」と言って心配するのだから、飼い主というのはしかたのないものである。

 こなつの「おとなのおねえさん」ぶりはますます昂進し、近ごろは散歩の前にリードを出すと伏せをしてつけさせるようになった。預かり保育の前はひっくりかえしてつけていたし、その後はおすわり、まて、でつけさせていたので、まったくもって雲泥の差である。おすわり、まて、でつけていたときも最初の数回だけ頭の上に手や首輪がくると腰が浮いていたが、あっというまに慣れた。こなつはなんにでもすぐ慣れる。今や「おう、散歩か、そいつをつけてくんな」といった感じだ。

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