2021年2月3日

 こなつがおなかをこわした。
 先だって(人間でいう)逆流性食道炎をやり、喉の不快感にゲホゲホしていたこなつだが、それは治った。治ったのだが、今度は腸が不調になった。要するに胃腸炎である。たぶん。
 逆流性食道炎で出してもらった一週間分の胃薬がなくなってすぐにおなかをくだした。でもその少し前からやけにくさいおならをしていたのだ。でもこなつ自身はぜんぜん苦しくなさそうだったので、「くさいよー」とか言ってのんきに過ごしていた。そうしたら突然の暴発的な下痢である。
 こなつは今まできわめて快便であり、便秘も下痢もしたことがなかった。それがどれだけありがたいことだったか、つくづくわかった。生まれてはじめておなかをこわしたせいもあるのだろうけれど、初日はぶるぶる震えていたし、二日目以降も出そうになるたびにキャンキャン訴えに来た。始末するためには助かるのだけれど、そんなにしんどいのかと思うとかわいそうになる。手術後だってキュンキュン鳴いていたのはほんの少しの間だった。
 それなのに、夜に寝かせるためにケージに入れるとキュンキュン鳴きをするのである。手術後より心細く、手術後よりしんどいのか。さすがにそんなことはあるまい。単に今まで経験したことのない苦痛なので、びびっているのだ。それが証拠にケージの横のソファで寝てやったら鳴かなかった。肉体的な苦痛というより、心細さのために鳴くのである。

 そうはいってもふた晩続けてソファで寝たら私のほうがまいってしまう。それで二日目の夜には心を鬼にして寝室に入った。そうしたら驚くほど長いこと諦めない。ずっとキュンキュン鳴く。主観的には一晩中という感じだった。私はすっかりまいってしまって、これが続いたらどうしようと思ったものだ。
 幸いにも三日目には鳴かなかった。おなかはまだくだし気味だったが、それに慣れたらしい。何にでもすぐに慣れる子犬である。おかげで睡眠不足に悩まされたのは二日間だけだった。
 こなつはおなかをくだした初日の夜には少々のフードを食べたが、二日目はほぼ絶食した。ケージで寝ているところにフードをつまんで差し出してもふいと横を向く。みずからの判断によるファスティングである。誰に教わったわけでもないのに、おなかをこわしたら食べないのがいちばんだとわかっているのだ。
 その後は様子も落ち着いてよく眠るようになり、だんだん元気になり、フードはいつもの半分、全量と戻り、四日目には完治した。ペットフードの会社からもらった乳酸菌パウダーをフードにかけてやったのがよかったのだろうか。それともこなつのからだがやたらと丈夫なのだろうか。たぶん後者だと思う。

 こなつは幼犬時代から夜鳴きをしたことがなかった。今回おなかをくだした二日目がはじめてだ。よく「子犬を迎えた人はしばしば夜鳴きで苦労する」と聞いていた。こなつにはそれがなかったので、「夜鳴きといっても、ギャンギャン鳴いたら大変だけど、キュンキュン程度なら無視すればいいのでは?」くらいのことを思っていた。
 とんでもない誤解だった。長時間のキュンキュン鳴きは精神にくる。まして今回は具合も悪いのだから、私が熟睡して本気で苦しいのを聞き逃したらどうしようと思って、ろくに眠れなかった。あんなのが連日続いたら育犬ノイローゼまちがいなしである。
 こなつがうちに来そうそうから夜ともなればぐうぐう寝てくれたのはほんとうに運の良いことだったのだ。ろくに昼寝をせず、目が合えば「たいくつだ、たいくつだ」と訴えていたので(顔がもうそういう感じなのだ。そして鼻を鳴らして目をそらし、ため息をつく)、やれやれしかたのない子犬だねえ、寝なさいよ、などと思っていた。いや、実際こなつの睡眠時間は幼犬としてはぜんぜん足りていなかったのだけれど、それにしたって騒がない子犬で、夜は腹を出して太平楽に寝てくれていたのだから、実に楽をさせてもらっていたのである。

 こなつの散歩中の拾い食い(というか、八割がたは「拾い咥え」。小石などを口に入れてかちゃかちゃ鳴らして私に叱られる)はそれなりの頻度に落ち着いた。二度に一度は「はなせ」と言うだけでぽとりと落とす。まあまあ楽になったな、と思っていた。原則として私の左側を歩くことを覚えたし、引っ張りも減っているから、私もだいぶのんきな気分で歩けるようになっていた。
 それが今日、突然に崩れた。蛇行したり突然私の前を横切ろうとしたりする。やたら地面ばかりかいでいるかと思えば踏ん張って急ブレーキをかける。もうめちゃくちゃである。散歩デビュー直後だってこんなにひどくなかった。私はずいぶんこなつを叱った。それから気づいた。節分のせいだ。地面に豆が落ちていて、それを拾い食いしたくてしょうがないのである。
 これはもうしかたない。ふだんもらっているフードやおやつと同じようなサイズの、香ばしくておいしそうなものが、ランダムに地面に出現するのである。狙うなというほうが無茶だ。私はこなつに謝った。これは人間が悪い。でもそういう行事なんだ。頼むから帰りはちゃんと歩いてくれないか。
 もちろんちゃんと歩いてはくれず、拾い食いをめちゃめちゃ叱られながら帰った。まさか節分のために苦労するとは思わなかった。

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