2020年8月27日

 こなつがわがままをやるようになった。
 人間がリビングでくつろいでいるとくんくん鳴く。そのうち要求吠えをする。人間が出ていくとすぐに静かになるあきらめの良さは相変わらずだが、それにしたって「かまって、かまって」「仲間に入れて」アピールが強くなった。噛むとがっちり叱られるのでやめるのだが、興奮するとまた噛んでまた叱られる。
 朝晩リビングでたっぷり運動させ、自発的に遊びに駆け出すまで甘えさせてもなおらない。もっともっとと要求する。ギャンギャン鳴きつづけてご近所に迷惑をかけることがないので、扱いやすいのはそのままである。

 わがままこいぬよ、と私は言う。わがままのきもちですねえ。かまってかまってこいぬですねえ。でも人間は仕事や家事をするのでいつもかまうわけにいかない。それから人間の手足を噛んではいけない。噛むとかまってもらえなくなります。おわかりか。
 こいぬはもちろんおわかりではない。取り替えたばかりの未使用のペットシーツをびりびりに破いて私を見る。悪いいぬである。悪いとわかっていてやるように思われる。私は知らん顔をしてリビングで仕事を続ける。悪いいぬはペットシーツを破き切ってその穴に胴体を通し、自分で取れなくなってひゃんひゃんとなく。

 朝晩の運動の時間にはずいぶんと甘える。ケージから出すとしばらく私の膝に乗って頭をすりつけて口をあけてはがはがと息をして満足そうである。だっこだっこちゃんですねえと私は言う。甘えこいぬですねえ。
 私はこいぬを揉む。耳の先から爪先まで揉んでやる。こいぬはたいそう筋肉質で手足が長い。上から見るとだいぶ大人っぽいからだつきになった。顔だちもはっきりして、顔を突き出して耳を立てているとパピヨンみたいに見える。口元の黒い「ゴムパッキン」もくっきりはっきり、目もぴかぴかと輝いて、まだ黒っぽい額と白い眼窩の境目がわかる色あいになり、そりゃあもう、かわいい。そして美しい。犬は美しい生きものである。

 こなつはリビングの間取りを完全に把握したようだ。私との遊びに飽きると突然思い立ったようにリビングの壁際に沿ってダダダと走る。犬走りである。ものすごく早い。ときどき止まり損ねて何かにぶつかり、「ぶたれた」みたいな顔をする。何もおまえをぶっていませんよと私は言う。この調子で散歩中に走るなら、私の足が追いつかないかもわからない。
 早く散歩をさせてやりたい。こなつに世界を見せてやりたい。まずは隣の公園からだ。子ども向けの大きな遊具がいくつもある、そこそこ大きめの児童公園である。何周でも一緒に走ろう。公園の地面は砂利敷きだから、帰ったら玄関で足を拭いて、タオルで被毛の埃を落としてやろう。毎日毎日、彼女がおばあちゃんになって走りたくなくなる日まで。

 こなつにおもちゃの綿のボールをやったのは半月前で、その時はさほどではなかったのだが、近ごろのこなつはボールをずいぶんと好きである。朝晩リビングに出すとひとわたりお膝で甘えてからボールをくわえててくてく歩き、離したりまたくわえたりしてこちらをちらと見る。遊びの誘いである。
 ボールを放ってやると何往復でも飽きずに持ってくる。私はそれを「無限とってこい」と呼ぶ。こなつは口角を上げ、走るよりは運動量が少ないのにはっはっと息をしてとても楽しそうだ。気分だけ「とってこい」と言う。とってくると褒める。褒められて私の膝の裏に鼻先をつっこんで腹を撫でられている時のこなつは「これですよ、これ」というような顔をしている。
 ときどきボールをくわえて離さず、「あらそう、じゃあいいよ、噛んでいなさい」と言うとしばらく噛んでいる。ゲットだぜと私は言う。こなつ、ボール、ゲットだぜ。
 こなつは一心不乱にボールを噛んで、それからぽいと捨てる。しばらく部屋を探索させ、すっかり定着した部屋の隅のトイレで用を足させ、そのあとロープやこなつ用タオルでひっぱりっこをしてやる。

 こなつは私の外出にはさほど頓着しない。鍵を開ける音や着替える動作に反応して騒ぐようになったら困るなと思っていたのだけれど、今のところ杞憂である。どうせ戻ってくると思っているならしめたものだ。そのとおりだからである。私はいつも戻ってくる。必ず戻ってくる。

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