パンを焼く

2、3年ぶりにパンを焼く。
まぜて、こねて、ちぎって、たたく。
昔を思い出しながらパンを作る。

社会人一年目。
地方で借りた家は一人で住むには余るほど広い家だった。

もの寂しさを紛らわすためにパンを焼いた。
がらんとした部屋の中で、ひたすらこねる。
光の立ち込める部屋だったから、朝の光に包まれながらパンを焼いた。

今では自分のグッズに溢れた狭い部屋でパンをこねている。

もう2度と戻ることはないだろうなぁと思う。何もない部屋の、まだ何者にもなりきれていないわたしには。
何もないこと自体、貴重だったのだと気がついた。

出来上がった素朴なパンは大きさもまちまち不揃いだった。
これがわたしの形なんだと少し安堵する。
ひとつ、ちぎって口に運ぶ。
焼きたての芳醇の香りと共に優しい甘さが口の中でゆっくり広がっては消えた。

パンに使った強力粉は、春よ恋。
もうすぐ京都にも春が巡る。

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