planet-5 01


「この間の怪電波、遠くの知的生命体からのちゃんとしたメッセージだったって話、聞いたか」
 地下の研究所、研究員ヨルとトルは自分たちの研究室に向かって歩いていた。
「知らない」
 と、ヨルは答える。どこか心が彷徨っている様なうつろな目を見たトルは、疑うように尋ねる。
「ニュースは見たんだろ?」
「ああ……ええと、うん。たぶん」
「大丈夫か? 働きすぎなんじゃないのか」
 大丈夫だ、とヨルは応えるが、それは明らかな嘘だった。健康で栄養に満ち足りたトルの身体に比べて、ヨルの身体は栄養不足だった。
「ちゃんと飲んでるか? あれ」
 そう言ってトルが指を指した先には、ドリンクの自動販売機がある。いくつか商品が並ぶ中、3分の2ほどは〈レモネード〉が並んでいた。販売機に施された広告も、レモネードのものだった。
 夏を迎え、気温が高いこの頃はレモネードの需要も高まることだろう。国民の圧倒的支持を得る飲み物であった。
「うん」
 これもまた、嘘だ。ここ3日ほど、ヨルはそれを飲んでいない。それは意図的なものだった。
 トルは話を戻す。
「その怪電波、2万光年以上先から送られてきたそうだ。はじめは意味不明な信号だったが、よくよく聞いてみるとちゃんとしたメッセージだったんだってよ。おそらくその星で使われている数字、その星の知的生命体の形状、知的生命体を構成する物質、送り主の住所―まあ、恒星系だな―やら、いろんなことがメッセージになっていたんだってよ」
「へえ」
 自動販売機の前を通りすぎる。ヨルの目は、一瞬それを追いかける。しかしすぐに目をそらし、トルの話の続きを待った。
「それが、俺らの星とえらくそっくりに出来ているもんだから、天文方は大騒ぎなんだそうだ。俺らの星以外にも、知的生命体がいたって」
「ようやくコンタクトが取れたってことなんだろう。でも、そもそも知的生命体の定義ってなんだったっけ?」
「数学が出来て、電波を送れるのが知的生命体だろう」
「ぼんやりした定義だなあ」
「なんだ、ヨルは異星人否認派なのか」
 トルが茶化す。
「そんなことはない……ただ僕は、この世界や宇宙がどこまで未完成なのかと思っただけさ」
 研究室の扉の前に、2人は立つ。1秒ほど停止して待つと、生体信号が認められて扉が開く。
「さぁ、仕事だ。俺らにはできない、完璧に完成した世界を彼女たちに造ってもらおうぜ」

 研究室の中は様々な電子機器や工具、液体の入った瓶、無造作に重ねられ埃をかぶった本が散乱していた。それでも何か神聖な雰囲気を思わせるのは、壁に並んだ彼女たちが居るからだろう。
「おかえりなさい」
 中央に居た彼女が、研究室に入ってきたヨルとトルを見て言う。
 基本的に彼女たちに名前は無い。トルたち研究員は製造番号で呼ぶ。しかしヨルは、声を掛けたその少女にだけノウンという名前を付けていた。
 彼女たちはいわゆる人造人間である。様々な動物実験を経て、時には最新の科学技術を使用して誕生した新しい生命だ。ヨルたちはこの人造人間の研究と製造を、国の指示のもとに行っている。
「さあ、もうすぐ業務終了の時間だ。しかし政府への提出期限も迫っているのは分かっているよな」
 ノウンの挨拶に返事もせず、トルは言う。
「わかっているよ」
 ヨルはノウンに目配せをして、自分の机に戻る。
「ヨル、お前はこの彼女たちが、政府にどう利用されるか想像したことがあるか?」
「ないよ」と、ヨルは言う。目と主な意識はすでにモニターの中、数列の中だ。
「表向きには第6惑星を居住区域に改造するための作業員だって、公表された文書に書かれているんだ」
「それは知っているよ。そもそもそのために、僕らはこの仕事をしているんだろう」
「だが、秘密裡に第4惑星を侵略するための兵士にするという話もあるそうだ」
「馬鹿な。彼女たちに戦闘できるプログラムはほとんど無い。僕ら人間を守るためにしか戦わないようにしてある」
「俺らがそれを作ってないだけだろう。ほかのエンジニアが作っているという噂を知らないのか」
「知らないね」
「他にもまだあるぞ、遠くの系外惑星に第5惑星の情報を伝えるだとか、人造人間惑星を作って社会実験を行うとか」
「みんな、世界終末の話に不安がって、あることないこと想像をしているんだな」
「なんだ、面白くないな」
 ヨルは操作を誤る。
「提出期限が迫っているといったのは、トル、君だろう」
 嫌味を込めたヨルの言葉に、トルはにやりと笑って自分の仕事に集中する。

 こうした未来は、100年以上昔に予測されていたことだった。
 年老いた恒星を中心にして、8つの惑星が公転している。そのうち第3惑星から第5惑星まではハビタブルゾーンに入っており、それぞれの惑星に知的生命体が蔓延し社会を営んでいる。初めに生命が誕生したのは第4惑星であり、第3惑星が遅れて生命を育んだというのが現在の定説だ。
 第4惑星の知的生命体がいち早く第3惑星と第5惑星へと居住域を広げた。
 これら惑星は非常に安定し、その上で長い知的生命体の文明が営まれてきた。ヨルはこの第5惑星に生まれ育ったが、ヨルの曾祖父は第4惑星で生まれ、第5惑星の開拓従事者だったという。トルは幼い頃、第3惑星から移住してきたのだと聞いた。
 しかし中心の恒星は、何百年も前から膨張しつつあった。まもなく―とは言っても惑星上の生物にとっては気の遠くなる長い時間がかかるが―恒星が死を迎えるのである。無論、中心の恒星の死が生命の死ではない。恒星よりもずっと先に、変化した環境に耐えられず生命は絶えることだろう。
 それに反旗を翻したのがまず、第4惑星だった。彼らは遠い宇宙に、移住先を探したのだった。しかし長年の挑戦に未だ成果はない。続いたのが第5惑星だった。冷え切った第6惑星を、知的生命体の手で居住可能に改造してしまうことが、挑戦だったのだ。
 そしてその第5惑星の挑戦は、研究員ヨルやトルの研究によって始まろうとしている。

「そもそも、惑星が無くなるまえに、僕らは自壊するだろうがね」
 モニターを見つめながら、ヨルが言った。
「何か言ったか、ヨル。……さあ、終業時間だ」
 トルが言った3秒後、研究所内に時間を知らせる音楽が鳴り響く。

 地上の空は暗くなった。地下の繁華街の空も、暗く深い藍色に表示されている。
 ヨルは自分の部屋でひとり、食事を摂っていた。国から支給される栄養食品。ぼそぼそとし、味も淡白でレパートリーも無いので不人気だ。皆もっと美味しいものを求めて外食をする。そこにはレモネードも並んでいることだろう。
 それでも、ヨルにとってはこの栄養食品が、唯一信頼できる食べ物だった。1日3回、これのみを食べる。
「栄養食品といっても、これだけでは不十分だな」
 誰に言うでもなく、ヨルは言う。これも一種の偏食である。彼は少しずつ、その身体を痩せ細らせていく。
「でも、これが一番安全なのです、ヨル」
 そう言ったのは、ヨルの部屋の隅で立ち尽くすノウンだった。
「国は、国民を麻痺させてゆきます。生きながらえることからのストレスを、社会の一員になるストレスを、就業することのストレスを、命を奪うストレスを、麻痺させてゆきます」
「わかっているよ、ノウン」
 特に見ているわけでもない通信映像に、ニュースが映し出される。特集『惑星間難民』と題されたそれは、とうに生活し辛い環境になった第3惑星から逃れ、移住先を求めて宇宙空間を彷徨う人々の姿を映し出していた。
 第4惑星も第5惑星も、その難民を受け入れるだけの余裕がない。それぞれ自分の惑星のことで、手一杯なのだ。
 これを見た人たちは、第5惑星の知的生命体は何を思うのだろうか。感傷的な言葉で訴えられると、途端に広告へと切り替わる。素晴らしい休日は、レモネードから!
「あれを飲んではいけません、ヨル」
 ノウンが言う。
「ああ」
「ヨル」
「ああ」
「あなたを、遺してください」
 最後の一口を、口の中に放り込んだ。



→続く

サポートしていただいたものは、毎月のAdobeCCのお金にあてさせていただきます。頑張ってデザイン・イラスト制作するよ!