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映画感想文「精神0」

先日、初めて”観察映画”というものを見てきました。といっても、それに気づいたのは映画が終わってから。ふつうだったらエンディング曲が流れるところ、何もなくスッと終わったので「あれ?曲ないんだ…あ、そう言えばナレーションも効果音も挿入歌もなかったなー」と思い、観察映画だったことに気づきました。逆に言えば、説明的なものや見る人の感情を盛り上げてくれるものが何一つなくても、頭も、心もついていけた。きっと精神科医・山本昌知さんはじめ被写体となった皆さんが、カメラの前で自分の人生を惜しみなく開示して下さったから。

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映画は、引退を間際に控えた82歳の山本先生が、長年看てきた患者さんとの診察から始まります。患者さん達は、引退を受け入れようと努めるけど、なかなか不安を隠せない。そして引退した山本先生を待っていたのは、認知症になった妻・芳子さんとの…傍から見ると少し心配になるような生活。

ここで驚かせようとか、泣かせようとか、そういう編集側の意図が極力入っていない映画だと思うので、見る人によって感じるものは様々だと思いますが、見終わったあと私が感じたことは二つ。

まず、当たり前だけど、精神科医の山本先生だって一人の人間だということ。帰る家だってある、待ってる家族だっている。患者さんにとっては「生命線」のように欠かせない絶対的な存在の方だけど、一人の人間として、父の顔だって夫の顔だってある。本当に本当に当たり前のことだけど、現場で頑張られている方ほど、ご自身も周りも忘れがちなことなんじゃないかと思いました。パンフレットに同じような感想を(もっと的を射た言葉で)書かれている方がいらっしゃいましたよ。

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そして、私が福祉の世界が好きになった理由を再確認できました。

ここからちょっと私の話になります。福祉の世界と出会った頃、私は大学職員として働いていました。自分が大学生の頃は、中学や高校と違い、学び手に選択肢がある大学というものに風通しの良さを感じ、大学が好きでした。

でも、実際に大学で働いてみると、教授は職員のことを「どうせ院卒、学部卒でしょ」と学歴で下に見ているように感じ、職員は職員で、教授のことを「あの人たち研究以外はなにもできないから」と社会人能力的な面で下に見ているように感じました…これは、本当にあくまで私が感じたものですし、全員そうなわけじゃないです。でも、当時の私が、そんな職場環境に嫌気が差していたのは事実なので、ふむふむと思っていただけると嬉しいです。

そんな時、ふと出会った福祉の世界では、支援する人(職員さん)が支援される人(障がいのある利用者さん)を心から尊敬していました。見下し合ってるような職場にいたからかもしれませんが、福祉施設の職員さんのその姿勢を「いいなぁ」、「そうありたいなぁ」と私の心は動かされました。

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あと数回しか診察がない患者さんは、山本先生に「僕に何か言い残したことはありませんか?」とテープレコーダーを片手に尋ねます。山本先生は「ありがとう。僕は、君のお陰で人生を豊かにしてもらった。本当にありがとう。」と。「病気の人ほど大変な思いをしてる方はいない。そりゃあ、ご家族だって大変な思いはしている。でも、病気をした君が一番大変な思いをしたんだ。」と。

82歳まで医師としての職務を全うされて、退官講演にはたくさんの人が詰めかけて、映画にもなるような立派な方が、患者さんを一人の人間として尊敬している。あぁ、この世界はやっぱりいいなぁと改めて思いました。

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最後に「精神0」を公開していた「仮設の映画館」と想田和弘さんが定める「観察映画の十戒」を紹介させてください。

仮説の映画館
新作映画をデジタル配信している。鑑賞料金は、鑑賞者が住んでいる地域の劇場と配給で分配される。自分の地域の映画館が助かる仕組み◎
*精神0の配信は2020年7月3日で終了
https://www.temporary-cinema.jp/

観察映画の十戒 想田和弘 
(1)被写体や題材に関するリサーチは行わない。
(2)被写体との撮影内容に関する打ち合わせは、(待ち合わせの時間と場所など以外は)原則行わない。
(3)台本は書かない。作品のテーマや落とし所も、撮影前やその最中に設定しない。行き当たりばったりでカメラを回し、予定調和を求めない。
(4)機動性を高め臨機応変に状況に即応するため、カメラは原則僕が一人で回し、録音も自分で行う。
(5)必要ないかも?と思っても、カメラはなるべく長時間、あらゆる場面で回す。
(6)撮影は、「広く浅く」ではなく、「狭く深く」を心がける。「多角的な取材をしている」という幻想を演出するだけのアリバイ的な取材は慎む。
(7)編集作業でも、予めテーマを設定しない。
(8)ナレーション、説明テロップ、音楽を原則として使わない。それらの装置は、観客による能動的な観察の邪魔をしかねない。また、映像に対する解釈の幅を狭め、一義的で平坦にしてしまう嫌いがある。
(9)観客が十分に映像や音を観察できるよう、カットは長めに編集し、余白を残す。その場に居合わせたかのような臨場感や、時間の流れを大切にする。
(10)制作費は基本的に自社で出す。カネを出したら口も出したくなるのが人情だから、ヒモ付きの投資は一切受けない。作品の内容に干渉を受けない助成金を受けるのはアリ。
https://www.kazuhirosoda.com/jukkai

本文中の山本医師の言葉は、筆者の記憶を頼りに書き起こしたものなので、一字一句その通りではありません。

写真は「精神0」の映画パンフレットより。

(おわり)

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