ミステリー小説 第三話 (最終話)

そう、あの人……04号室の男だった。

妹をジロジロとみていた大嫌いな瞳が僕を見ている。

「久しぶりだな」

04号室の男は小声で話し始める。

「自己紹介をしてやろうか。俺の名前は加藤罅だ。聞き覚えあるだろう?」

罅といえば、小さいとはいえ強力な暴力団のボスだ。

テレビが一時期この男がどーたらこーたらで騒いでいた。関心が薄すぎて、よく覚えていないが。

「おい、少年。用があるのはお前なんだ、あの物をどこへやった?」

物?聞き返したいが、口がふさがれていて声が出ない。身に覚えがない。多分二重人格目の仕業だろう。

「吐かない限りは開放しない。さあ、言え」

パッと手が外れて声が出せるようになった。

「分からない、覚えてない」

こんな答えに罅が納得しないことは分かっていても、他に答えようがない。

「あ?よっぽど殺されたいらしいな……、この女を」

左手の指が、美琴のこめかみにあたる金属の引き金を引き始めた。

罅は僕に銃口を向けても意味ないことを分かって汚い手を使ったらしい。

「早く言え」

もう、どうすればいいか分からない。

「うるせえ!」

突然の怒鳴り声にビクっとした。

路地の右側の家の中で誰かが叫んでいる。

パリン

その声のすぐ後に家の窓が割れて、酒の瓶が飛んできた。

僕の頭にある考えが浮かんだ。

ひ弱な僕では無理でも、二重人格目なら……。

美琴の方を見ると、小さく首を振っている。

確かに二重人格目は何をしでかすか分からない。この賭けは危険だ。妹の件と美琴の件を含めて考えても成功する確率は一割未満。

だが僕はある確信をもって、二重人格目を制御できると思った。

「あの、罅さん。物の隠し場所を言うから、その前に、お、お酒を飲みたいんです。酔っぱらわないと、どうにも」

僕は気が動転して自分でも苦しいと分かる口実をオドオドと言った。

しかし、罅は呆れた顔をして、さっさと飲め、と答えてくれた。

僕の左手は酒の瓶に伸びた。

グッと、その冷たい物体をつかむ。

それを顔にゆっくりと近づけていく。

ほのかに独特の匂いがした。

唇の先に冷たいものが触れる。

下に、あの強烈な味が走った。

イチかバチかの賭けの始まりを告げる液体は

僕の喉を静かに流れ落ちた。




夢を見ている様だった。

何も聞こえないのに誰かが泣いているような気がした。

泣いている誰か、がもう一人の僕だと、僕は知っていた。

「もういい」

自分の声が夢の中に響く。

「もう、終わりにしよう」

自分に言い聞かせるように呟いた。

「もう、大丈夫だから」

映画のセリフみたいにくさい言葉は夢の中に静かに落ちて、僕の泣き声が止んだ。







ハッ

気付けば僕は拳銃を握りしめていた。

その銃口は罅に向けられている。

罅は縮こまって、母親に叱られた時の子どもみたいになっていた。

目をぎゅっとつぶっているからますます子どもっぽい。

僕はそっと拳銃から手を離すと、隣で固まっている美琴に向き直った。

「佐久くん?」

不安げに聞いてくる彼女に出来るだけ明るい笑顔を向けた。

ホッとした表情を見せて美琴は僕に抱きついてきた。

「はぁ、もうこのやろー、死ぬかと思ったよ。入れ替わるなと伝えたのに」

冗談めかして言う美琴は少し震えていた。

ごめんなさい、と言えば不安が膨らむだけのように思った僕は代わりに美琴の背中に腕を回した。

僕よりずっと大きく見えていた美琴はこうしてみれば、僕とそこまで違わなかった。

いつまで経っても発砲されないのを不審に思ったのか、細く目を開けた罅に僕はまずい、と思ったが、二重人格目は何をしたのだろうか、彼は戦意を喪失していて、拳銃が向けられていないことに気付くとホッとため息をついた。

「お、お前、なんでそんなに強いんだよ。あのときも」

「あのとき?」

罅の言葉に僕と美琴は振り返った。

「あのときだよ。お前が、妹をころしたとき」

なぜ罅が「僕が妹をころしたとき」を知っているのか。

浮かんだ疑問を質問する前に罅が勝手に話始めた。

その衝撃的な話は、ざっとこんなものだった。


その日、罅は外をぶらぶらとほっつき歩いて、遅くに帰ってきたらしい。

01号室の前を通ると、かすかに物音がした。

妹の姿を思い出した罅は、酔いの力も手伝って、ひっそりと04号室の部屋に入った。

中は薄暗く、奥で何かを話している声が聞こえる。

「お兄ちゃん、大丈夫だから。落ち着いて」

妹が小さな声で佐久に話している声だった。

佐久は何かに怯えるように、怒るように身を震わせながらも、妹の声に落ち着きを取り戻しかけていた。

そのとき罅が転がっていた酒のボトルを蹴ってしまった。

侵入者に気付いた佐久は落ち着きをなくし、罅にとびかかっていった。

罅は反撃しようとするが、驚くほど強い二重人格目になすすべもない。

佐久がナイフを持ち出したとき、佐久が罅を殺そうとしていることに気付いた妹が罅をかばった。

否、罅をかばった、というよりかは、自らの愛する兄を人殺しにしたくなかった妹の、とっさの行動だった。

しかし、自我を失っていた佐久は妹を突き刺してしまった。

速い動きにナイフは綺麗にささり、血は出なかった。

佐久と妹は次の瞬間意識を失った。

どうすればいいか分からなくなった罅はそのまま部屋を出た。

するとそれをあの無表情な男に見られてしまった。

男は医師だったらしく、事情をきいて動転していたものの、01号室に入り、ベッドの上に二人を寝かし、ナイフを抜こうとした。しかし、血が溢れ出し、抜ききれなかった。

医師が脈をみると、妹はもう死んでおり、ならばナイフを抜く必要はないと、現場をそのままに自前の医療器具と一緒に立ち去ってしまった。

罅は慌てて後を追いかけ、返り血を浴びた医師の服を裏山に捨てさせた。


それが事件の真相だったらしい。

俺はその場に崩れ落ちて、美琴は顔をひきつらせたまま、微動だにしなくなった。








それから1月後。

僕と美琴が再開することになった。

美琴が会いにきてくれたのだ。

「どう、元気?」

「うん、だいぶ。立ち直れたよ。人間ってすごいや」

僕が本当に元気そうに返すと、よかった、と美琴は僕よりも元気そうな笑顔で笑った。

「僕、二つ、美琴に言ってなかったことがあったんだ」

「ん?」

美琴はゆったりと落ち着いて僕の話を聞いている。

「一つ目は、あの二重人格目は、僕が創り出したってこと」

「え?」

これにはさすがに驚いたらしい。目をぱちくりさせている。

「母が、アルコールに入りびたりになったころ、僕は「良い人」を演じ始めたんだ。何をしても怒らない人、良心の塊。でもその反対で募る苛立ちや不安を抱え込む自分も構成された。そのうち僕は不安に慣れて、演じ続けた「いい人」の仮面を自由につけ外しできるようになって、それで……」

美琴は真剣な目で僕を見ている。優しく強い目だ。

「いつの間にか、不安を抱えたもう一人の僕を忘れ去った。でもあいつは僕の中で育っていたんだ。どこにも行く当てのない、不安と憎悪を抱え込んだまま……。でも妹とは、ずっと一緒だったから、二重人格目も妹のいうことはきいたんだろうね。だから罅がくるまで、僕は落ち着いてられたんだ。」

静かに聞いている美琴の方をもう一度見ると、涙が溢れそうになっていた。

「何、泣いてるんだよ」

僕が美琴をまねてからかうように言うと

「うっさいわね、泣いてないわ」

とギャン泣きで返してきた。

「それで?もうひどづはなによ」

涙で鼻声になっている。

「もう一つは」

間を置く僕を美琴が不思議そうにのぞき込む。

「僕を救ってくれたのは、君ってことだ。ありがとう」

僕が改まっていうと、美琴は「そんなこと、いいよ全然」と明るく笑った。

その笑顔に慰められるていると

「何、たるんだ顔してんの」

と、からかいかえされてしまった。

「そんなに、癒されるなら、ずっと佐久のそばで笑っていてあげようか?」

多分この言葉も彼女にとってはからかいの一つだったのだと思う。


でも、僕は今しかないと思ってしまった。


率直に感情を伝えたいなら今しかないと。


唇は震えたけれど、声はしっかり出てきた。


「そうしてよ。僕のそばでわらってて」


「……」

僕の一言で彼女の笑いは止まってしまった。きょとんとしている。

しばらく続いた沈黙の後に彼女が言った言葉は特に意味があるものではなかった。


「え?」


その顔は夕日よりも紅かった。






こんです。

三話目、どうでしたでしょうか?

ご意見ご感想、お聞かせいただければ、と思います。

はじめてのミステリー小説だったので、うまくかけているかはよく分からないのですが、経験をつんで、うまくかけるようになりたいとおもいます。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!


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