ある専門家の一日 case2 司法書士
ズガガガガガッ・・・
遠くの方から、耳にこびりついた音が聞こえてくる。
ズガガガッズガガッズガズガッ・・・・・!
・・・またか・・・ズガガガガガッ!!!!
はぁ~もう朝か。
溜息をついて・・・持田富臣は目を開けた。
時計は7時を回ったところだ。
体がダルい。
昨夜は深夜の2時まで交通誘導のアルバイトだった。
工事現場の間近でひたすら誘導棒を左右に振る。
工事の音と振動がもろに体に響く。
翌日にはどっぷりと疲労が残る。
・・・今日は何曜だっけ?
遠目に見える壁掛けカレンダーを眺める。
・・・あっ!まずい!!
10時から決済だ!
布団を跳ね上げ、飛び起きた。
スーパーで閉店間際に買った賞味期限間近の20%割引のパンを口に放り込みながら、皺の貼りついたワイシャツを羽織る。
形ばかりにポリエステル製のネクタイをしめつける。
スーツは吊り下げ品、SALEの2着で2万円。
テカっとした輝きは安っぱく、くたびれているし、ダボッとした型はお世辞にも似合っているとは言えない。
今年はまだ着られそうだ、とだましだまし着続けてもう3年。
最寄り駅まで徒歩20分。
働く前から汗だくだ。
各停駅なので、2本の特急と快速を恨めしそうに見過ごし、ようやく乗車。
はい、満席、っと。
はぁ~、今日も立ちっぱなしか、とため息をつく。
俺、持田富臣は今年で42歳を迎えた。
大卒後、一旦は就職活動をして、中小企業に勤めた。
ザ・ブラック企業で、熾烈なノルマとサービス残業のせいで、3年持たなかった。
その後、ぷらぷらと役者をやってみたり、楽器をいじってみたり。
きっかけは忘れたが、思い立って司法書士を目指すことを決意した。
アルバイトをかけ持ちしながらの受験生活を丸10年。
念願叶って司法書士試験に合格した。
さぁバラ色の人生が始まる!
・・・はずだったのに。
現実は厳しかった。
地方都市では、事務員として勤務する口がなかった。
かといって即開業なんて根性もない。
今は、週3日、深夜の交通誘導のアルバイトと、大手司法書士事務所からの決済ヘルプで食いつないでいる。
そして、今日は唯一司法書士らしい仕事といえる不動産の決済なのだ。
(ヘルプだけど。。。)
ターミナル駅に到着。
私鉄に乗り換えて15分。
10時10分、ようやく決済場所に到着した。
「先生っ!遅いよっ。ったく・・・早く初めて!」
いきなり俺より1回り年下の業者に雷を落とされた。
確か立花とかいったか。
何でも西日本圏で3指に入る営業成績だとか。
ペこペこしながら、買主・売主に不動産や登記の説明をする。
買主は個人さんで、はてな?となっている。
専門的すぎてわかりづらいのだろう。
はぁ~説明している俺だって経験不足で、理解しきれていないのだから情けない。
どうにかその場をやり過ごし、無事に決済を終える。
一件落着と思い直して、ヘルプの依頼元事務所に電話をかける。
「なにかあったんですか?立花さん、どえらい剣幕やったけど。」
クッ・・・あの若造、ちくりやがったな。
とにかく言い訳を繰り返していると、「持田先生も司法書士なんやから自覚を持たんといけません。この後の申請、ちゃんと行けます?」
このガキャあ!舐めよってからにっ!
内心では怒り心頭ながらも、ひたすら平謝り。
ヘルプの報酬は交通費込の3万円。
俺にとっては貴重な生活費なんだから、切られるワケにはいかない。
小言を聞き流して、やっと終話。
申請する法務局をスマホで確認すると最寄駅まででも1時間かかるようだ。
はぁ~、先に飯にするか。
11時半、吉野家のカウンターで牛丼を頼む。
にししっ、確かクーポンの卵無料券があったはず。
・・・げっ、昨日で期限切れかよ。
悔しさ紛れに山盛り紅ショウガを乗っけてかきこむ。
味なんて感じんわ。
つまようじをシーハーシーハーして都合15分で店を出る。
おっ、ラッキー!たまたま各停が滑り込んできた。
満腹感と寝不足もあって、電車にゆられてうつらうつら。
おっとと、危うく乗り過ごすところだった。
最寄駅からは歩いて20分か。
儲かってりゃタクシーでも使うんだろうがな。
はぁ~歩くか。
汗がしたたる。
法務局で申請書類を組むと、コピーが足りないことに気付く。
くっそっ・・・コピー機はコンビニか。
ふつふつと自分に対する憤りを覚えながらも、コンビニまでの道15分を往復。
ようやく中請書を組み終わって登記中請。
パンパンっと心の中で手を合わせ、無事完了することを祈る。
登記申請が完了した旨を融資銀行の担当者に伝える。
「わかりました。」愛想なくガチャリと切られる。
どいつもこいつも・・・。
駅までまた20分を歩くことに。
それでも、仕事を終えたことから少しだけ身軽になった気がする。
これこそが司法書士なんだよな~と意味もなく感心してしまう。
交差点で信号を待ちながらふっと横を見る。
幹線道路沿いにパイプ椅子を置き座っているあんちゃんが目についた。
スーツ姿でマンションのプラカードを持っているところを見ると新築マンションの道案内 兼 宣伝なのだろう。
やるともなくスマホをいじっている。
俺は心の内で声をかけた。
そのアルバイト、俺もやったことあるよ。
座っていられるとはいえ、暑いし、寒いし、雨とか最悪だよな。
マンションに興味のない人には、視界にも入っていないんだぜ。
もう人として扱われていないように感じちまったよ。
俺もそういうアルバイトで食いつなぎながら、司法書士試験頑張ったんだぜ。
合格すれば何かが変わると思ってさ。
でもな・・・変わらなかったよ。
お前は何になりたいんだ。
何のためのバイトなんだ。
願わくば、俺のようにはなるなよ。
・・・と、我に返る。
さて、これから2時間かけての御帰宅か。
機種変更して3年経つiPhoneの充電は空っぽ寸前でエコモードに入っていて薄暗い。
これではささやかな楽しみであるポケモンGoはできそうにない。
寝ながら帰るか。
夕刻、ようやく我が家が見えてきた。
「スカイハイツ翼」とは名ばかりで、単なる2階建 計8戸のハイツだ。
部屋は202号室で1DK。
家貸4万5,000円。
鍵のない集合ポストに、外置きの洗濯機。
隣の家から聞こえるTVのお笑い番組はもちろん、1Fの大学生が彼女を連れてムフフな時間を過ごしていること、さらにハイツの誰かが便所を流す音も、何でもかんでもよーく聞こえる。
プライバシーなんで毛ほどもない。
ひとつ、風呂・トイレ付だけが自慢だ。
けっ。
今時の学生の方がまだ良い生活しているんじゃないのか。
毒づきながらもようやく帰宅したことに安堵する。
帰りのコンビニで買った缶チューハイのプルタブを引き、裂きイカを噛む。
今日の晩飯はおにぎり3個。
中でも120円のエビマヨはヘルプ代行を務めた自分へのご褒美だ。
壁掛けカレンダーを眺める。
今日は交通誘導のアルバイトが休みだ。
そして、今月の司法書士らしい仕事は・・・もうない。
開店休業ってか。
風呂をためるのも億劫で適当にシャワーで済ました。
万年床となった布団に寝転がる。
カビなのか体臭なのかわからない臭いにも慣れた。
はあ~このままでいいのかなぁ~。
金がほしい、女がほしい、何より仕事がほしい。
今日は、何度ため息をついただろうか。
酔いも回ったのか、いびきをかき始めた。
明日も、あの音で目覚めるのだろうか。
もう一度やり直したい。
でも一体どこからやり直せばいいのだろう・・・
そういや・・・俺、なんで司法書士になりたかったのかなぁ・・・
※このお話はフィクションです。
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