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ある専門家の一日 case5 行政書士・社労士

私は今、人生で一番楽しい時間を過ごしている。

あの数年前までの辛さはなんだったのか…いや…あのときがあったからこその今なんだ。

人生は山あり谷あり。

その通りだ。

私の名前は日比谷祥子。

42才・バツイチ・小学校低学年の娘が一人。

仕事は、行政書士兼社会保険労務士だ。

地方の中核市隣町でひっそり?と個人事務所を構えている。

元夫も然り、同級生も然り、そんなところで仕事やっていけるの?と誰もが驚くが、心配ご無用。

仕事には一生懸命に精を出し、私生活では存分に育児を楽しみ、公私ともに充実している。

おっと話している内に仕事の時間なので一旦失礼。

これから公正証書遺言の証人として立ち会うことになっている。

遺言者は71才の女性。

女性は、私の事務所から車で10分程の所に住み、独居生活を送っている。

普段から近所づきあいで親しくしていたところだが、足の骨を折る大けがで退院してから間もなく、将来に備えたいと私に声をかけてくれた。

「おばあちゃん」「祥ちゃん」で呼び合う仲であるものの、仕事に関しては手を抜けない。

おばあちゃんは言う。

「ややこっしぃことはようわからん。生きているうちと死んだ後にに人様に迷惑かけんようにしたいなぁ」

私は悩んだ末に公正証書遺言と任意後見契約を提案した。

おばあちゃん「んんっ。祥ちゃんがそういうんやからそれでええよぉ」

私「おばあちゃん。急がなくていいからね、何度でも説明するけん。それと、どっちも公証人っていう偉い人の前でまた説明があるから安心していいからね」

おばあちゃん「おっけー、おっけー、おっけー牧場」

私「もうっ(笑)」

こうして3ヶ月程して、おばあちゃんも内容を理解してくれたので、本日が公証役場での手続を迎えたのである。

公証役場での手続は滞りなく終わった。

おばあちゃん「はあぁ、慣れんことで疲れたぁ。けんど、これでもうウチもいつどうなってもええんやねぇ」と肩の荷が下りたような口ぶり。

私「おばあちゃん!なに言うてるん。これで心配せんと長生きできるってことよ」

おばあちゃん「そうかー、けんどもう十分生きた生きた。あとは祥ちゃんにまかせるよぉ」

私「だーめ!そんなんいうんなら、私は今さっきの取り消すよー。しっかり助けていくから、何かあったらすぐ言うて」

おばあちゃん「あはっはー、こりゃ長生きせんと祥ちゃんに大目玉だぁ」

2人「(笑)」

こうして、今までの近所付き合いから、私たちは仕事上でも付き合いが始まったのだ。

無情ではあるけど、将来私はこの人の死に目にあうのだろう。

そのときをどう迎えるのかはわからない。

けれど、今までの付き合い以上に私はこの人を全力で護りたい、この人のためにやれることを全部やろうと決めた日だった。

さて話を戻そう

この地域は高齢世帯が6割近くだろうか。

相続や事業承継の問題は日常茶飯事だ。

まあ多かれ少なかれ、地方、特に山間部では日本全体が抱えている問題と言えるだろう。

私はそんな田舎に事務所を構え、間もなく10年が経過しようとしている。

当初は行政書士だけで開業した。

行政書士は法律文書を作成するプロだ。

前述のような遺言書や後見制度に関して、相談者に説明することにも長けている。

他にも許認可の申請、帰化に関する手続など幅広く業務を行うことができる。

だが、私の開業地で必要なスキルはそういったものではなかった。

どうしても習得していなければならなかったのが、社会保険労務士の業務範囲だったのだ。

前述のとおりこの地域では相続以外に、事業承継に関しても頻繁に相談を受ける。

というのは、この地域は全国屈指の伝統工芸品を有しているのだ。

だが悲しいかなそれを承継していく者が少ない。

そこで、都市部や、更には世界からも関心が寄せられるようになったのだ。

「伝統工芸品を作る会社を買いたい」という話が出てきた。

そうすると、企業価値がどの程度か、もっと砕けていうなら、その会社はナンボ?ということになってくる。

私自身は地域に根差した仕事をしているし、地元愛にあふれているからだろう、やっぱり会社を正当に評価してもらいたいと思っている。

会社を査定・調査することをデューデリジェンス(DD)という。

その会社が果たして幾らの価値に相当するのかは難しく、あらゆる基準がある。

会社を買いたい側は当然安く買いたいと思っているので、厳しい評価をしてくることがしばしば。

だが、正当な評価をしてほしいのが売手と、その相談を受けた私だ。

数字には強くないけど、法律を駆使して、さらに、会社と雇用者からの話は身をもって聞ける立場である。

私のできることは労務DDしかない。

労務DD…例えば労働条件や社会保険でその会社にかかる問題可否や評価について。

そのために社会保険労務士の資格が必要だったのだ。

苦労はしたけど3回の受験でクリアー、地元愛の粘り勝ち。

資格を足掛かりに労務に関する知識と経験を増やしてきた。

そして、今では精いっぱいの労務資料を作成し、その会社が正当な評価をしてもらうことに全力を尽くす。

焼き物を5代続け、事業を手放すこととなった社長から言われた言葉がある。

社長「ようやく店を閉めることができたなぁ。買主さんが見つかって、今の社員たちが続けて働くことができるのも日比谷先生が懸命に戦ってくれたからだよ。本当にありがとう」

私は「会社」自体が生き続けることに喜びはあったが、やっぱりこの温もりある社長だからこそ…という思いが入り乱れグッとくるものを堪えるしかできなかった。

「会社」の存続、そしてそこで働く人達の何かの役に立てたならいいのだけれど…。

今日も一日の仕事が終わった。

仕事は大体15~17時と早めの終業。

その後は、愛娘との楽しい時間だ。

夕飯を二人で食べている時、

私「まなちゃん、今日はどう?学校は楽しかった?」

真奈「まま聞いて聞いて、今日はなー、はじめてカブト虫を触ってん。校庭のでっかい木があるとこの、真ん中におって、たかちゃんが飛んで捕まえたん!まな、こんなおっきいんみるのもはじめてやし、さわったら見た目よりつるっとしてなくてな……(続く)」

真奈が小学校を楽しんでくれていることに安心して笑いがはじける。

バツイチと言った通り、真奈の父親は東京にいる。

私が大学卒業後、CAとして就職、パイロットの彼と結婚して、出産、離婚、田舎に戻ったときに、私と一緒についてきた。

幼かったとはいえ、父親と離れることに辛さがあったのだろう、毎日泣いて過ごし、田舎になじむのも時間がかかった。

それが今、毎日を楽しく過ごしてくれているのだ。

元夫とも仕事の忙しさで行き違いがあったからで、今でも連絡は取り合い、真奈とも面会している。

それでも当時の私にはキツかった。

悪いことは重なるもので祖母の相続で叔父との意見が食い違ったりと難しいことが山積だったのだ。

そんなときに、様々なことを助けてくれたのが、行政書士の長澤先生だった。

親権や年金や相続のこと。

細かいことでは戸籍や住民票の取得、年金の分割、遺産分割協議について等々。

小さいことでも面倒くさがらずに教えてくれた。

私もこんな先生になりたい、と思う一心で育児の合間に行政書士の勉強をして合格できたのだ。

合格の報告をすると、

長澤先生「お、祥ちゃんも先生になったね!おめでとう!」

私「私、本当にまだ夢のようです。いつかは先生のような親切・丁寧で何でも答えられる法律家になりたいと思っています」

長澤先生「持ち上げるねー。よっし、じゃあ僕の相談を聞いてくれるかな?僕の妻がね、なんともかわ…」

私「あー!はいはいはい、可愛すぎて、誰かに取られないか心配って悩みですよね!?」

長澤先生「やややっ、何で分かったんだい?」

私「もう耳タコでーす。大丈夫ですよ、先生の奥さんは最高に先生が好きだと思います」

長澤先生「いやー、そうかあ、照れるなぁ~」

そう長澤先生は奥さん大好き人間なのである。

プライベートの充実にごちそう様でしたと思いながらも、やっぱり先生のようなプロフェッショナルに憧れる。

夜9時、真奈を寝かしつけて、一人で軽く一杯やるのが日課だ。

(りーん・・・りーん・・・)

鈴虫かな?

窓から入るそよ風が気持ちよく、毎晩のように田舎暮らしの醍醐味を味わっている。

今日の業務日誌をまとめて、明日のスケジュールを確認する。

あー、やっぱり、間違いない。

私は今、人生で一番楽しい時間を過ごしている。

※このお話はフィクションです。

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