何処のヘルニア?
エアマンが「ヘルニアと診断された」と相談に来ることが度々あるのですが、「何のヘルニアですか?」と訊ねると、部位が分からず答えようもないということがあります。ヘルニアとは病態であって、病名ではありません。つまり人体の臓器が正常な位置からズレたりはみ出したりした状態です。脳幹ヘルニアと言われたら昏睡状態でしょうし、臍ヘルニアと言われたら、いわゆる出べそのことでしょう。椎間板ヘルニアについては、腰痛の話で取り上げます。
航空身体検査で最も日常的にチェックされるヘルニアは、鼡径ヘルニアです。腸の一部が鼠経部の腹膜折り返し部から外へ押し出されて、鼡径管と呼ばれる腹腔の外部へ飛び出す病態です。そもそも他人に見せるところでもありませんし、歩行時に足が擦れて困る程度ですが、航空業務中は重大な問題となりかねません。その理由は上空では腸管内の空気が大気圧で、機内の圧差があるため、飛び出しが大きくなりがちです。そこに腸の捩れが起こると絞扼性イレウスとなり、腸が壊死してしまいます。直ちに手術して還納できないと、壊死部を切除しなければ命に関わります。ですから航空身体検査で、診察医師から股間に手を突っ込まれるのは、これをチェックしている訳です。
エアマンが鼡径ヘルニアと診断されたら、無症状でも治療するのが適当です。近年、腹腔鏡手術の技術が発達して、腹部に小さな穴を3-4か所開けるだけで完治できます。具体的には植木鉢の底に敷くようなメッシュ片をヘルニア脱出部に固定し、腸管が再び脱出しないようにするだけです。左右の鼡径部で再発することはあっても、頻繁には起こりません。
もうあと十数年もすれば、ダビンチ式ロボットなどを用いて、より侵襲性が少なく、安全性が高い術式が一般的となるでしょう。医療DXの進歩で、医療過疎の町村でも、大都市にいる外科医が遠隔手術を行う日も近い筈です。
鼡径ヘルニアは腹筋や骨盤底筋が弛緩し、腹圧で腸が押し出され易くなると発症しやすくなるので、老化現象の1つとも言えます。子宮脱や肛門脱と同様、これから高齢のエアマンが増えてくると、徐々に見られることが多くなる問題でしょう。
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