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失恋後、溶けかけたかき氷

誰が見ても分かるくらいには目が真っ赤に腫れていたので、質問される前に電車内でLINEを送信した。

「昨夜、別れてしまいました」



大学3年の7月だった。

蝉の声を聞きながら重たいリュックサックを背負って校内の坂道を登る。坂道を登った先、奥まった所にある3号館。

他の棟にはほとんどエレベーターがついているのに、何故かここにはついていない。芸術学部には作品の搬入搬出があるというのに。毎回何往復も階段を上り下りするのは正直辛い。文学部と交換したって良いじゃないか。

最上階の4階まで上がって、いつもの空き教室に入る。


考えるな、と思っている時点で負けている。

初めて付き合ったひとで、3年が経っていた。
遠距離になってからのすれ違いにわたしの方が耐えきれなくなった。付き合い続けるのが辛かった。

これ以上、嫌いになりたくなんて無かった。

自分から言ったくせにこんなに悲しいのは何故だろう。


「おはよー、ちょっと、大丈夫?」

心配そうな顔をした友達が来て、隣の席に座る。
「大丈夫」と答えつつも、じんわり視界が揺らいだ。

聞かれても上手く答えられる自信が無かったから先にLINEを送ったはずだったのに。大学で泣くなんて嫌なのに「止まれ」と思えば思うほど、涙がこみ上げてきてしまうのは何故なんだ。


液晶画面が光り、数少ない男友達からの着信を告げる。

「おはよー!大丈夫?あ、ねえ、今もう大学?」

別の学科で陶芸を専攻している彼はいつも慌ただしい。

「うん、いるよ」
「どこ?」
「え、いつもの3号館401」
「オッケー!待ってて!そうだなあ、15分以内!」

そうして一方的に切られた電話に、友達と首を傾げた。



階段を上ってくる足音と「4階しんど…」という声にドアの方を向けば、ちょうど彼が入ってくるところだった。

「うっわ、両目真っ赤じゃん。ほら、冷やして」

そう言った彼の両手には、かき氷。

かき氷で目は冷やせないよ。
いや、違う。そうじゃなくて。

「え、なにこれ、どうしたの」
「いまね、陶芸室にかき氷機置いてあんの」
「陶芸室で削って持ってきてくれたの?」
「そうそう、溶けかけてるから早く食べて」

陶芸室から3号館までは歩いたら10分程かかる。
彼が両手にかき氷を持って校内を走ってきてくれたことを想像したら自然と笑えてきた。


赤、黄、青、と選択肢を与えてくれた優しさに感謝しながら、青を手にとる。

溶けかけていて底の方は液体になっているそれを口に運ぶと、やっぱりすこし薄かった。

赤くて腫れぼったい目はそのままだ。
それでも一口食べるごとにホッとした。

ふわふわの天然氷が流行っているけれど、いまのわたしにはシャリシャリするこのかき氷の方が有難い。

シャリっと音がして、スッと無くなる。
食べ始めてから身体が火照っていたことに気が付いた。

薄いはずなのにやけに美味しく感じるのは教室でかき氷を食べている非日常感からなのだろうか。ううん、きっとそれだけじゃない。


「うわあ良いな、かき氷じゃん、俺も食べたい」
「食べたきゃお前が陶芸室に来い、もう俺は走れない」

カラッと笑う彼を見て、みんなで笑った。


悲しみが日常に混ざって、ちょっぴり溶けた。



読む専門で楽しもうかと思っていた #文脈メシ妄想選手権 ですが、思い切って参加させて頂きました。

お恥ずかしいですが、100%実話です。

美味しさを感じにくいもので書いてしまった。
文脈メシになっていない気もしますね、すみません。

妄想バージョンでも書けたら書きたいなあ。



大学で食べるかき氷、非日常感。

悲しいはずの失恋翌日を、特別な思い出に変えてくれた彼には感謝してもしきれません。

いつでも蝶ネクタイをつけていた陽気な彼に、今度久しぶりに会いに行こうかな。

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今更かもしれないけど、あの時は本当にありがとう。

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