第1話 「解放」 



神から加護を受ける。

加護の受けたものが世界人口99.9%占める中、

加護を受けられない者もいた。

「皆んな僕のことをいじめるの。無能だって...。何で僕は神からの加護が受けられないの...?よ、弱いから...?」

まだ幼く小学1年生の頃の僕が、夏の夕暮れの公園の中で涙を流しながら隣に立っている幼馴染に訴える。

「正造は強いよ。大丈夫。これからすぐ神の加護も受けられるようになるよ。」

どこから得た根拠なのだろうか。しかしこの根拠の無い言葉でも幼馴染に言われるとどこか安心出来て速くなっていた呼吸もゆっくりと治まっていく。

落ち着いた僕を見て幼馴染は優しく微笑んだ。

僕はこの笑顔を見るといつも力強く感じてしまう。

この時間が僕にとってどれほど救いだったか、君は知らないのだろうな。



視界が暗い。え、何で?あ、そっか、瞼を閉じているからだ。

僕は重い瞼をこじ開け、今いる場所を見渡す。

ここは学校の教室、さらに言えば最高学年高校3年生の教室だ。

クラスメイトは席を立ち友達の所へ行ったりと皆んな和気藹々に過ごしている。

僕は先ほどの夢を思い出そうとするが夢だからだろうか、空間がぼやけて思い出せない。すると、肘に何か当たった。机の方に目線を落とすと中間テストの答案用紙が返されていた。寝ている間に返されたんだろうな。

「はぁ、数学59点かぁ」

普通。普通だ。良いか悪いかで言えば悪いが、それでも普通だ。

答案用紙を凝視していると僕に影が落ちた。

上を見上げると、そこにはクラスメイトに加護を与えている神々が浮遊し

ている。通常はさまざまなサイズをしている神々だが加護を与えると3センチほどのサイズになり、その人のそばに常にいる。

神々とは、人知を超えて優れた不可思議な存在。

僕の世界では、齢6歳になると人間一人に対して1人の神が加護を与えるという因習がある。与えられた者はその神が持っている能力を使うことができる。

炎の神、水の神、幸福の神と、僕のクラスメイトも全員加護を受けている。僕を除いては。

カサッ

髪に何か当たった。よく見るとぐちゃぐちゃに丸くされた紙屑だった。

僕は投げられた方向に顔を向ける。

「へへ、それ捨てとけよ、無能」

「う、うん…」

言い返せない。情けない。だって、仕方ないじゃないか、僕が無能なのは本当なのだから...。

椅子から重い腰を上げ落ちた紙屑を拾おうとする。すると教室の左側から黄色い声が聞こえてきた。

「きゃー!

テスト全部100点!すごーい!」

「頭いい!かっこいい〜!」

「いや、そんなことはないよ」

黄色い声を浴びているのは、天座猫 庇糸(あまざね ひさし)。文武両道で人当たりもよく、優しくてカッコいい。神の加護を異例中の異例で5人から受けている。

僕の…幼馴染だ…。

庇糸は最も神官に近い存在だと言われている。

神官は神々を管理する国の最高機関。天皇よりも位が高いと黙認されている部分もある。誰もが憧れを持ち誰もが断念した職種だ。しかし、18年ほど前から神官の座は空席のままで誰が次の神官になるかと国全体で揉めている。

庇糸を横目に僕はなんだか虚しい気持ちになり、駆けるように教室から飛び出してしまった。

そんな僕に一つの視線を感じたが振り返らずそのまま走ってしまった。

授業が終わり一人でトボトボと帰り道を歩いている。

友達は、いないから。いつも一人。

「はぁ、今日も庇糸のことを避けちゃった…

ダメなやつだな、本当。嫉妬なんて見苦しい…。」

先ほどのことを思い浮かべ自分の愚かさにため息をこぼす。

僕の家は学校の裏にある山に建っている。

長い坂道を登りやっと自分の家が見えてきた。

「ただいま〜…

ん?え!!そ、倉庫が…!」

家の隣に建っている開かずの倉庫の扉が突き破られており、中にしまってある物達が崩れ落ちていた。

いつもなら頑丈な扉に何のために貼ってあるかわからないお札達が張り巡らせていたのに。 無惨にもその扉は壊されている。

「あぁ…年季の入った倉庫だったしな...野良犬に散らかされたか…」

あちゃあ、掃除が大変だ...。

この何年も掃除がされてない倉庫を見て自分の体がさらにだるくなるのを感じた。

「この倉庫、父ちゃんが死んでから一回も来たことないな。

うわ、埃っぽい!」

ゲホッゴホッ

倉庫に入った途端に埃が宙に舞う。僕はむせながら物が積んである1つの柱に手をかけた。すると柱はバランスを崩し、僕の方へ倒れてきた。

「え、ぎゃああ」

雪崩が起きた本やら、箱やらの中で僕は身動きができず、巻き込まれてしまった。

「もう積むならしっかり積んどいてくれよ…」

雪崩の山から顔を出し息をする。すると足元に見覚えのある物が落ちていた。

「ん?これ父ちゃんの日記じゃん。

僕が幼い頃、母さんが死んだ時から日記をつけてたんだよね…父ちゃん」

僕はおもむろにその日記を手に取り、ページをめくった。

『今日は正造が泥だらけになって帰ってきた。わんぱくなのは誰譲りなのか…』

ははっ、そんなこともあったっけかな。

さらにページを捲ると今度は僕が米粒だらけの顔で幼稚園から帰ってきたと書いてある。僕は何だか懐かしくなり、気分が良くなった。

日記の半分まで読み進め、次のページで最後にしようとページを捲る。


『あの子は特別だ』


突然、先ほどのページまでとは違う不可思議なことが書かれていた。

え、特別…?何の…

僕は気になり次のページを捲る。


『気づかれてはいけない』

『神社には行かすな』

『見つからないように隠さなければ』

『隠して、隠して、隠して』

『その時が来るまで』


「う、うわぁぁあ!!」

僕は怖くなり持っていた日記を壁に向かって投げた。

「はぁ、はぁ、はぁ、な、なんだよ、これ…

父ちゃん、何書いてるんだ…」

「おーい」

「わぁ!!」

後ろから突如声がした。おそるおそえる振り向くと庇糸が立っていた。

「正造」

「ひ、庇糸!!」

「全く、学校で目があったのに逃げるように教室から出てしまったからどうしたのかと思ったよ」

「う、ごめん…」

無視したんだ、怒られて当然だ。僕は背中を丸め、謝る。

「…嫌われたかと思ったよ」

「うぅ…ごめん…」

その言葉に僕はさらに小さくなりか細い声になっていった。

「それで?この倉庫の中でどうしたの?

ここは君が小さい頃から開かずの間の倉庫じゃなかったかい?」

「う、うん、そうなんだけど野良犬に散らかされちゃって…」

庇糸は倉庫内を見渡し、僕の顔を見た。

「手伝うよ」

「え、いいよ、汚いし」

「良いんだよ、だって親友だろ?」

驚いた。僕達って親友だったんだ...。

「あ、ありがとう」

庇糸は学校のカバンを下ろし日記があった場所に手を突っ込む。

「ん?これ、何かな。巻物、のようだけど」

庇糸が手に取ったのは薄黒い巻物。

「え、日記の他にもあったんだ」

「日記?」

「いや、えと何でもない」

庇糸は巻物を広げる。


『想起せよ 導く印へ

汝の抱える者、全て解かれ

解呪の言』


「何だろうね、これ」

庇糸は巻物に書かれている文字を読むと一息つく。

「うーん、漫画のセリフ…とか?」

「ふふっ、ありえるね」

広げた巻物を丁寧に巻き庇糸は手を叩いた。

「さっ、チャチャっと片付けようか」

「うん、そうだね」



「はぁ、どうだろう、綺麗になったかな」

「凄い!さっきの倉庫とは思えない綺麗さ!!

凄いよ!!」

僕は見違えるほどまでに輝いた倉庫内を見て気持ちが向上する。

「ははっ、君も頑張っていただろう?」

「そ、そうかな。ありがとう」

赤色に染まった夕暮れを背に庇糸は腕時計を見る。

「あ、僕これから塾があるんだった。」

「え、じゃあ急がないとじゃん!!」

「う、うん。」

庇糸はチャックが開いてあるカバンを閉め急いで坂道を下る。

「じゃあね。暗くなったら森に入っちゃいけないよ!」

「わかってるよ〜!」

庇糸の後ろ姿が見えなくなり僕は一息つく。

ふぅ、あいつと喋るの、、もうないと思ってたのに。

親友かぁ。僕はそんな大層な人じゃないよ…

僕は今日の出来事は夢だろうなと思いながら家の中に入っていった。


「ふぅ、間に合った…」

庇糸は自室に戻り、急いで塾の準備をしようとする。

「教材を出して…あれ、正造の巻物だ!あとこれは日記?...持ってきちゃった… 」

庇糸は両手に巻物と日記を持ちため息をこばす。

「しまったなうっかりしてた…

明日返そうか…」

仕方ないと巻物と日記を再びカバンに戻す庇糸を見下ろし、天井の隙間から覗く者がいた。それは人とは言えない姿形をしており、今だ今だと庇糸に詰め寄る。庇糸は違和感に気づき、振り向いた。


「テレビ面白いの何もやってない…」

僕はちゃぶ台に突っ伏し、テレビに目をやる。

「はぁ、久しぶりに人と話したから孤独感がえげつない…」

ウーウー

玄関に設置されてある町内放送が突如鳴り出した。

「なに、町内放送!?」

『火事です。火事です。

桜木坂 2丁目で火事が発生しました。

近くに住んでいる方は速やかに避難をお願い致します。』

「桜木坂2丁目って…庇糸の家じゃん!!」

僕は思わず家を飛び出し、庇糸の家まで駆け出す。

髪はボサボサ、服はパジャマ姿。でもいてもたっていられなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ…

死んでないよな…?巻き込まれてないよな…?」

元々足が遅い僕は必死に足を前に出す。

次の曲がり角で庇糸の家だ!

僕はラストスパートを走り駆け息を切らしながら庇糸の家にたどり着く。

「はぁはぁ、ひ、庇糸…」

僕は目の前の光景に蒼白した。

鮮やかな赤い色の炎が燃える中、3mほど高さの黒い「何か」が佇んでいた。

幽霊?宇宙人?な、なんだあれ...!?

風が吹き炎が一瞬収まるとその黒い何かの前に庇糸が立っていたのが見えた。

「庇糸!逃げろ!!」

僕は大きな声で叫んだ。しかし声が届かなかったのか庇糸はそこから一向に動こうとしない。

炎に飲まれ、得体のしれない巨大な黒い奴を目の前に僕はもうダメだと思った。しかし、庇糸は諦めなかった。

庇糸の手にはいつの間にか剣が握り締められていた。

庇糸は剣を構え大きく振り下ろした。

振り下ろされた刃は黒い何かを真っ二つにし、低いうめき声を上げ消えていってしまった。

「す、凄い…一撃で…」

「正造!」

庇糸は笑顔でこちらに振り向く。

やっぱり、庇糸はかっこいい。 いつも冷静で誰よりも先頭を走る。

劣等感を感じつつもこの気持ちは認めざるをえないのだろう。

尊敬する。僕の、憧れだ。

胸がキュッとしつつも安堵し、僕も笑顔で手を振る。

しかしその時間は一瞬だった。

炎が収まりつつある、庇糸の後ろに5mほどはあろうか、巨大なカエルがいたのだ。

「庇糸!!後ろ!!」

庇糸は反応した。しかしその反応を上回る速さでカエルは庇糸を食べてしまった。

周りで見守っていた人たちに悲鳴が沸き起こる。

僕は一気に血の気が引き冷や汗が流れた。

「ど、どうしよう。庇糸が食べられた!!」

カエルは庇糸を飲み込みその場を離れようとする。

「だ誰か!誰か!あの中にひ、庇糸が!!

誰か…!」

「おや、こんなところで何をしておいでですか?

正造様。」

「え、」

見知らぬ声に思わず上を向く。そこには黒髪のロングで燕尾服を着た神が浮遊していたのだ。

「見たところかなり焦っているご様子ですが…」

「お願いだ!どこの誰の神だか知らないけど、あいつを助けてくれ!!」

誰だって構わない。あいつを助けてくれるのなら。

しかしその神から出た言葉は予想外の言葉だった。

「いえ、私は貴方のお父様の神ですよ。」

「え?」

「しかし貴方のお父様が亡くなる直前貴方のお父様に倉庫に封印されてしまいましてね、やっと出て来れたと思ったら成長した貴方がいらしものですから驚きました。まぁそれで後を追ってみたのですが、こりゃまたえらいことが起こっていますねぇ」

この燕尾服の神の言葉を理解するのに時間がかかった。初めて聞く事だらけすぎる。

「と、父ちゃんの神?今まで父ちゃんの神なんて一度も見たことなかったのに…」

あれ、でもこの感じ、何処かで…

しかしそれも束の間、僕は思い出したかのように話したてる。

「はっ、そうじゃなくて!お願い!あの化け物を倒してあいつを助けてくれ!!」

「化け物…あぁ、あの妖怪のことですか」

神は横目にカエルを見て再び目線を僕に戻した。

「しかしですねぇ、僕?加護を与えても無い人間の命令に従う理由がこちらには無いのですよ。」

「え、」

「残念ながら、そういうことです」

助けてくれない。それは昔からそうだった。母さんが死んだ時も父ちゃんが死んだ時も誰も助けてはくれなかった。庇糸以外は。

「あの少年は可哀想ですね。あんなに神を引き連れているのにまだうまくコントロールができておいで出ない。

これから年が経つにつれて成長されていくはずだとは思いますが、残念です。」

「な、何をしたらあんたの加護を受けられる」

僕は握り締めていた拳をさらに強く力を込める。

「何をしたらあんたを説得できるの!?」

「おやおや、私を説得する気でございますか?」

燕尾服の神は1つ考える素振りをしそして答えた。

「では...貴方1人であの妖怪を倒してご覧なさい。

私は貴方があの妖怪を倒した後にあの少年をひきづり出しますから」

燕尾服の神は僕の顔を覗き込み嘲笑うかのように口角を上げ言った。

「せいぜい頑張れ」

僕はその言葉に体が動かなかった。

あの化け物に…僕、1人で… 怖い。怖い。死ぬかも。

でも...思い浮かぶのは庇糸の笑顔だった。

「やってやる…!絶対、倒して見せる!!」

焼け落ちている家具や木材を食べているカエルに僕は箒を持ち叫んだ。

「お、おい!こ、こっちだ!!」

カエルがこちらに振り向く。

「うわぁぁぁ!!庇糸を吐き出せ!」

勢いよく箒をカエルの 腹に押しやる。

しかし...

「な、何だこれ!びくともしない!!」

全く動かない腹に力強く押し込むが、効果がない。カエルにとってはくすぐられた程度だ。

するとカエルは突如動き出し、僕の上を通り走り抜けた。

僕は慌てて追いかける。

カエルが行き着いた場所は、川だった。

そこにすかさず燕尾服の神が僕に言い放った。

「まずいですね。あの妖怪は本来なら川を生息地としているので、さらに強力になるでしょう」

「…!なんだって!!?」

川に着いたカエルは水を浴びると頭に触覚が生え水の泡をこちらに吹きかけてくる。しかも当たった岩はドロドロに溶けていき、熱光線でも当たったかのような凄まじい威力だ。

僕は必死に水の泡の攻撃を避け続ける。

水の泡の攻撃と共にカエルが口から何かを吐き出した。

あれは...日記とあの巻物!!

僕はすかさず日記に近づき拾い上げ、ページを捲る。

「日記!日記に何か書いてないか!!」

しかしいくらページをめくってもそれらしいことは何も書かれていない。

「書いてないっ!!

ただの父ちゃんの日記だ…」

しかし、日記のある言葉を思い出す。

『神社に行かすな』

「神社!神社に連れて行ってみよう!」

僕は川に沿って神社のある山に向かって走り出した。カエルも僕の後をついてくる。

岩や獣道を通り転びそうになりながらも走りかける。

もう少し、もう少し!

途中自分の家がある道を追い越し山の頂上まで登る。

着いた!神社!!

謎の達成感に駆られたのも束の間、カエルは鳥居を壊し神社に入ってきた。

神社に来たからって何だって言うんだ。

何か、何か…何かないか!?

無計画のまま連れてきてしまい、打つ手がない。

カエルは今にも水の泡を吹きそうな体勢に入る。

殺される…!

その時だった。

地面を震わせるほどに響き渡らせ、黄色に輝く稲妻がカエルに落ちたのだ。

ピシャぁぁぁん!!

「なんや、こやつ。罰当たりな奴め

我らの領土に入ってくるとは不届千万!」

「千万!」

突如僕の前に現れたのは女の子の幼い姿をした、同じ顔をしている二人の神だった。

「か、雷様...?」

稲妻に当てられふらつくカエルにすかさず雷を落とす。

先ほどよりも鼓膜に来る低音に思わず耳を塞ぎたくなった。

2度も攻撃を喰らいピクリとも動かなくなったカエルを確認したからか、燕尾服の神がカエルの腹を破りずるりと庇糸を引き摺り出した。

無惨にもカエルは赤色に染まり見るに耐えない姿に変わり果てていた。

僕は慌てて庇糸に駆け寄り脈を確認する。

「はぁはぁ、やった、やった…はは…」

カエルが倒されたこと、庇糸を救い出せたことに安堵し、体の力がなくなったのか僕はその場で崩れ落ちてしまった。

そんな僕の顔を雷様は覗き込んだ。

「んー?あー!あんた、誠さんの息子さん!」

「え、それ父ちゃんの名前…僕のこと知ってるの…?」

予想外の人物の名に僕は少し驚いた。

「誠さんはよくここにきちょったからな」

「おや、お久しぶりでございますね。雷様」

「あー、お前はいけすかねぇ野郎!」

「野郎!」

僕と雷様の間に割って入ってきた燕尾服のこの神に雷様は指を指して叫んだ。

「おや、ひどい言い分ですね。

私はあんなに優しく対応してあげたというのに」

「その態度がいけすかねぇって言ってるんじゃ!」

喧嘩なのだろうか言い合いしているこの3人に僕は感謝の言葉を述べた。

「あ、あの、ありがとうございます。

僕1人じゃ、あんなの倒せなかった…。

倒してくれて庇糸を助けてくれてありがとうございます…!」

雷様はお互いの顔を見て二人してまた僕の方を見て言った。

「あんた、そんな感じだったっけ?」

「え?」

「もっと意地の悪いちゃらんぽらんなイメージじゃったけど、

人って変わるもんじゃな」

「え、僕ってチャランポランだったんですか?」

僕は父ちゃんの日記に書いてあったわんぱくという言葉を思い出した。

「いや、まぁ一度だけしか会ったことないから記憶違いかもしれんが

あんたが誠さんにこっぴどく叱られておってなわしはてっきり遊びすぎて怒られていたのかと」

「え、僕が父ちゃんにこっぴどく叱られた…?ここで?」

そ、そんなことあったっけ…?

僕は思い出そうと記憶を遡るが父ちゃんにそんなこっぴどく叱られた記憶がない。

「まぁ、いいじゃろう、過去のことだしな

我らはあの妖怪を食べてくるからあんたらは帰るなりなんなりしてくれ」

雷様がカエルの方に行ったのを確認すると僕は燕尾服の神に近寄った。

「あ、あんた、それで僕に加護を与えてくれるの…?」

ワクワクした僕の表情とは裏腹に燕尾服の神はキョトンとした顔で答える。

「加護…?」

「え!いや、だって倒したら加護を与えてくれるって…」

「それは貴方お一人自身のお力であの妖怪を倒された場合です。」

燕尾服の神はバッサリと話す。

「貴方はこの神社に誘導しただけで倒されていませんのでその約束事は無しということになります。」

「えー!…そ、そんなぁ…」

その言葉に僕はがっかりし先ほどまで高揚していた気持ちは一気に下がった。

涙目の僕を見ながら燕尾服の神は話し始めた。

「まぁ、そうですね…

加護は与えませんが…

期待をしましょう。貴方に」

「期待…?なんの?」

加護がもらえないことに茫然としていたためか僕は適当にあしらう。

そんな僕に燕尾服の神はニヤッと笑い言い放った。

「もちろん神官ですよ。」

「は、はぁ!?」

あまりにも奇想天外な言葉にさすがの僕も目が覚める。

「無理だよ!神官なんて…!

っていうか期待って、それ僕になんのメリットがあるの…?」

「私が勝手に貴方に期待をするだけですのでなんのメリットもございません。」

燕尾服の神はいたずらっ子のように黒く爪の長い人差し指を口元に当て述べた。

「ですが、私は貴方に興味が湧いた。

ご友人を助けようとする決意の硬さ、神社に誘導する浅はかな判断力、加護を与えてもない神々に腰を折る誠実さ、まるでどこかの漫画のヒーローのようですね。」

最後は腰を曲げ僕に顔を近づける。

真正面から嫌味を言われたのだ。

「ですので、私は、貴方を見守ることにしました。

貴方は誰一人として神から愛されず、もちろん私からも愛されない。ですが、たった一人私だけが貴方に期待します。」

「え、何もしてくれないの?」

僕は腹が立ち、顔を背け答える。

「はい、ただ見るだけですので」

「そ、そんなのってありかよ…」

絶望した次の瞬間だった。

神社に濃い霧が充満し出したのだ。

「え、何この霧...。」

燕尾服の神の方に振り向くと、神はそこにいなかった。

「え、嘘でしょ!?おい、ど、どこにいったんだよ...!」

あたり見渡しても霧で何も見えない。

「だ、誰かいないのか!?」

僕はこの突然現れた深い霧の中を彷徨い歩き始めた。

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