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マッチの話。

仲の良い友人にめでたいことがあった翌朝、早い時間に目覚め、仕事も午後からだったので少し散歩をした。8月だったけれど久しぶりに曇ってくれたおかげで奈良の朝は涼しく、久しぶりに佐保川のあたりを歩いた。

数ヵ月後に引越しをする。遠くには行かないつもりだけど、いつもの散歩コースでこの川を歩けるのは、もしかしたら今だけかもしれないと思い、朝からひとりで少ししみじみする。

とはいえ友人にめでたいことがあった翌朝で、自分もその喜びの余韻に浸っていた。いつもより少し長めの散歩。佐保川を奈良公園方面に歩いて、車の多い通りに出たあたりで南下して近鉄奈良駅方面に向かう。

気分が良かったから、仕事の日の朝に僕はめったにしないのだけど、喫茶店でモーニングでも食べようと思っていた。こういうときに使う”モーニング”って言葉は、これからも残り続けるんだろうか。ブレックファストにはならないのかな。

もうすぐ奈良に済んで3年になるけれど、旅先と違い、自分の住む土地でモーニングにいくことはあまり行かないから、良さげな喫茶店を調べてみる。

昔ながらの喫茶店が、家からそんなに遠くない大きなマンションの1階にあるらしい。家のある方向に戻りながら、地図に書かれた地点を目指す。

来年で40年めを迎えるアーガイルという名前の喫茶店は、茶色がベースの内観で、まさに昔ながらの喫茶店、という感じがした。昭和の時代から続いている。時代がふたつ進んでしまって、昭和というワードのレトロ感が明らかに強くなっている。

カウンターの奥に熱帯魚の水槽があり、入り口付近には新聞がいくつも置かれていて、全員が常連さんのように見える年配のお客さんたちはそれぞれ新聞を読みながらモーニングを食べている。カウンターに座ってマスターとプロ野球の話をする人もいる。数十年前の、当時の奈良駅の白黒の写真なども飾られていてますます趣が増している。

ホットドックとサンドウィッチとトーストから選べるモーニングで、トーストを選んだ。ゆで卵と、ドレッシングがやたらとおいしいサラダと、コーヒーとフルーツの盛り合わせと乳酸菌飲料までついていた。

テーブルにはとってもかわいらしいデザインの小さなマッチがひとつ置いてあった。レジ横にも積まれていて、帰り際にひとつもらって帰ることにする。

去年祖母がなくなって部屋を整理したときに出てきた、マッチ箱がたくさん入ったケース。祖母は旅館や飲食店で、マッチをもらってくる人だった。祖母はずいぶん前から蚊取り線香じゃなくてアースノーマット派だったし、使う機会はほとんどなかったんだろう。コレクションのように残っていたのを見つけて、なんだか捨てるのがもったいなくて家にもらってきた。

だから我が家には100個くらいマッチがあって、使うたびに、マッチにかかれた旅館やお店の名前から、祖母が生前伊豆に旅行していたことや、僕が大学時代に一度だけ行ったことのある京都の三条にある地下の珈琲屋を祖母も訪れていたことなどを知ることができる。

そのケースに、僕は新たに奈良の喫茶店のマッチを追加する。1800年代前半にイギリスで生まれ、やがてスウェーデンが生産大国となったマッチ。1900年から1920年ごろは、日本もマッチを毎年80万マッチトン(1マッチトンはマッチ箱7200個だから、58億個くらいだ。)ほど海外に輸出していたらしい。

1970年代から、生産量が急激に減ってきているけれど、手触りや、箱にマッチの頭をこすって火をつける瞬間が僕は好きで、チャッカマンやライターよりも好んで使っている。できればこれからも、細く長くでいいから、生産され続けてほしい。時々でいいから、喫茶店や旅館でもらって帰りたい。

祖母みたいに少しずつマッチコレクションを増やしていくのもおもしろそうだけど、僕は中身を使ってしまうから、箱だけ残ることになりそうだな。

「ゆっくり歩こう」第三回はこちらから。↓

http://pilotlightcoffee.com/archives/729

友人とpodcastで話した内容に関連する話をnoteに投稿しています。よかったらpodcastも聞いてみてください。どうでもいいような、意味のないような、ゆるい話をしています。

たまには遠くを眺めてぼーっとしようね。