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戦略論の世界的権威リチャード・P・ルメルト氏に学ぶ「良い戦略、悪い戦略」

  会社経営は、どの様な経営をして行くか、どんな事業展開をして行くか、まずは設計図をしっかりと描き、それに従って執行して行きますが、魅力ある設計図が描けなければ、企業に高い成長や付加価値などをもたらす事はできません。今回学ぶ戦略論の世界的権威リチャード・P・ルメルト氏は「企業の戦略立案は、大規模な設計作業と言える。」と述べていますが、設計図の描き方を本稿では学びます。

 ルメルト氏は、「戦略の基本は、最も弱いところにこちらの最大の強みをぶつけること、最も効果の上がりそうなところに最強の武器を投じることである」と述べています。孫氏の兵法にも通ずるところがありますが、良い戦略は、狙いを定めて一貫性のある行動を組織し、すでにある強みを活かすだけでなく、新たな強みを生み出します。けれども、規模の大小を問わず、同時にいくつものことをやろうとする組織が実に多く、しかも掲げた目標が互いに無関係であるばかりか、ときには互いに矛盾することさえあると嘆いていますが、以下、詳細に同氏の戦略論を見て行きましょう。

1.良い戦略、悪い戦略

(1)良い戦略は驚きである

 良い戦略に自ずと備わっている卓越した価値の第一は、新たな強みを生み出すことです。他の組織はどこもそれを持っておらず、あなたがそれを持っているとも予想もしていないだけに、その価値は圧倒的です。良い戦略は、重要な一つの結果を出すための的を絞った方針を示し、リソースを投入し、行動を組織するものです。

 矛盾する目標を掲げたり、関連性のない目標にリソースを分割して配分したり、相容れない利害関係を無理に両立させようとするのは、資金も能力もあるからこそできる贅沢です。けれども、それらはどれも悪い戦略です。にもかかわらず、多くの組織が的を絞った戦略をたてようせず、あれもこれもと欲張りなリストを作成し、リソースを集中投下して、組織本来の強みを発揮する必要性に目をつぶっています。戦略を立てる時、「何をするか」と同じぐらい、「何をしないか」が重要なのです。

(2)強みを発見する

 良い戦略に備わっている第二の価値は、新たな強みを知り、弱点に気付くところから生まれます。これまでと違う視点から、あるいは全く新しい角度から物事を見直す事で、気付いていなかった強みやチャンス、あるいは弱点や脅威を発見できることがしばしばあります。 

(3)悪い戦略の四つの特徴 

 悪い戦略とは、単に良い戦略の不在を意味するのではありません。悪い戦略をもたらすのは、誤った発想とリーダーシップの欠如です。悪い戦略を見分ける目を培うと、戦略の策定や評価分析の能力を飛躍的に高めることができるようになります。その特徴として、1.「空疎である」~ 戦略構想を語っているように見えますが内容がなく、しばしば華美な言葉や不必要に難解な表現を使って、高度な戦略思考の産物であるかのような幻想を与えます。2.「重大な問題に取り組まない」~ 見ないふりをするか、軽度あるいは一時的と言った誤った定義をします。認識が誤っていたら、当然適切な戦略を立てることはできず、評価することもできません。3.「目標を戦略と取り違える」~ 悪い戦略の多くは、困難な問題を乗り越える道筋を示さずに、単に願望や希望的観測を語っています。4.「間違った戦略目標を掲げている」~ 戦略目標とは、戦略を実現する手段として設定されるべきものです。これが重大な問題と無関係だったり、単純に実行不能だったりすれば、間違った目標と言わざるを得ません。

(4)良い戦略の基本構造

 良い戦略は、十分な根拠に立脚したしっかりした「カーネル(核)」と呼ぶ基本構造をもっており、一貫した行動へと直結します。カーネルがなかったり間違っていたりすると、事態は深刻になりかねません。カーネルを組み立てる時、ビジョンやミッション、戦術等をあれこれ考える必要はなく、先行者利得や競争優位を追求する必要もありません。経営戦略や事業戦略、製品戦略等々分けることも無用です。ずばり単刀直入なのが、良い戦略です。

 次の3つの要素をカーネルと呼び、戦略の屋台骨であり、なくてはならないものです。①「診断」~状況を診断し、取り組むべき課題を見極めます。良い診断は、重要な問題点を選り分け、複雑に絡み合った状況を明快に解きほぐします。②「基本方針」~診断で見つかった課題にどう取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示します。③「行動」~ここで行動と呼ぶのは、基本方針を実行するために設計された一貫性のある行動のことです。カーネルは、壮大なビジョンとは無縁で、目標や年間目標と言ったものとも関係がありません。

 現代の企業戦略では、とかく競争に勝つ事が最優先にされ、基本方針なしに細かな戦術に移ってしまう例が多くあります。けれども、より大切なのは、より広い視野から自社の戦略的優位性を探す事です。それから、多くの人が基本方針を戦略と名付けて、そこで終わってしまいますが、これは大きな間違いで、戦略は行動に繋がらなければなりません。より大きな効果を上げる為には、組織のエネルギーを集中する行動が必要になります。戦略の極意は、本当に重要な問題を見極め、そこにリソースや行動を集中する事です。何かに集中すれば、それ以外を捨てることになり、極めて困難な事でもあります。戦略が実現する優位性の多くは、行動の一貫性によってもたらされるのです。 

 一般に一つの事へ専門化するには、それ一筋に経験や知識を蓄積するのが王道です。そして優れた組織は、何をやるにも全部門の行動を統率すると言った愚は犯しません。それでは現場に活気がなくなってしまいます。通常の活動は、それぞれの部署に委ね、ここぞと言う時に行動を一点集中するのが賢い戦略であり、賢い組織です。

2.良い戦略に活かされる強みの源泉

(5)テコ入れ効果

 良い戦略は、集中によって威力を発揮します。ここぞと言う瞬間に、ここぞと言う対象に向かう集中が、幾何級数的に大きな効果をもたらします。これをテコ入れ効果(レバレッジ)と呼びます。

 テコ入れ効果を得るには、的確な予測を行うことが重要で、顧客の需要や競争相手の反応を的確に予測できるかどうかが将来を決する事になります。戦略的な予測では、世の中の趨勢、経済や社会の動向、他の関係者の動きなどを手掛かりに、下流で起こり得る出来事を予測するのが定石です。予測の大半は人々の習慣や好み、力関係、変化や阻害する要因を見抜くだけで事足ります。

 テコ入れ効果を実現するためには、エネルギーやリソースの効果を数倍に高められる様な「支点」を見つけなければなりません。適切な支点を選んでテコをあてがえば、力は何倍にもなります。もちろん、リソースが無制限にある物ではなく、制約のある限られた物を集中投下した時こそ見返りは大きくなります。

(6)近い目標

 リーダーが戦略実行に使える強力な手段の一つは、近い目標を定めることです。近い目標とは、手の届く距離にあって十分に実現可能な目標を意味します。それは高い目標であっても良いが、達成不可能な目標ではいけません。状況が流動的で、先行きが見通しにくい不透明な状況であればある程、より近い戦略目標を定めなければなりません。また遠くを見通すよりも、「足場を固めて選択肢を増やす」ことが重要になります。組織として近い目標を設定したら、その下位の単位がそれぞれ近い目標を定め、また時間軸に沿っても設定されて行かなければなりません。近い目標とは、梯子を上るような物でもあり、課題をクリアし、最初の段にしっかり足を掛ける事ができなければ、次の段に上がる事もできません。

(7)鎖構造

 最も弱い箇所によって全体の性能が決まってしまうようなシステムは、鎖のような構造を持つと言えます。どこかに弱い環がある場合、いくら他の輪を強化しても、鎖全体は強くなりません。鎖構造になった問題を解決する為には、強力なリーダーシップと計画的な取り組みが必要です。逆に言えば、強力なリーダーシップで、巧みに鎖構造を作り上げてしまえば、容易にまねはできなくなります。

(8)設計

 私は戦略が、様々な要素の相互作用を考慮し、全体をコーディネートすると言う意味で、選択や意思決定より、設計に近いと考えています。良い戦略は、たくさんのリソースの相互調整の結果、価値が最大化する最高の組み合わせです。

 以下は、ありがちな企業の世代交代サイクルです。企業は時間が経つに連れて強固な意志も緩み、過去から積み上げてきたリソースで食いつないで行くようになります。リソースを上手く組み合わせて、精緻な戦略を設計する気力が失せると、各部門は関連性のないプロジェクトを実行し始めます。やがて成長スピードが鈍ってくると、慌てて買収などして見かけだけは若返りますが、リソースも完全に陳腐化し、次世代の新参企業にとって喰われます。リソースを活かす戦略の設計に関する限り、円熟した成功企業よりも、設立間もない新参企業から学べることの方が多くあります。

(9)フォーカス戦略

 あるセグメントをターゲットに定め、そこに対応できるシステムを用意して、より高い価値を提供する戦略をフォーカス戦略と呼びます。この「フォーカス」と言う言葉には二通りの意味があり、第一は自社の方針や行動をコーディネートして、相互作用やオーバーラップ効果により大きな力を生み出すと言う意味です。第二は適切なターゲットに一点集中すると言う意味で、マイケル・ポーターの競争戦略では、この意味でフォーカスと言う言葉を使っています。 

 持続的な成功を収めている企業には、大概良い戦略があります。それは隠されている事もあれば、明らかな事もあります。けれども本当の事を言えば、多くの企業、とりわけ複雑な大企業は、往々にして戦略を持っていません。戦略の要諦はフォーカスにありますが、多くの大企業はリソースをフォーカスできないからです。彼らはいくつもの目標を同時に追いかけるので、結局はどれも達成できないままに終わります。

(10)成長路線の罠と健全な成長

 健全な成長と言うものは、合併やM&Aなどの人為的操作によって実現できるものではありません。独自の能力に対する需要増が原因で、あるいは優れた製品やスキルの結果として、あるいはイノベーションや知恵、効率、創造性の見返りとして、その企業は成長するのです。買収による成長を目指す場合に問題なのは、会社、特に上場企業を買う時に、だいたい払い過ぎになることです。市場価格以下で買い叩くか、買収によって目覚ましい付加価値がもたらされない限り、買収による価値の創出は期待できません。

 企業経営者と言うものは、様々な理由から成長を目指します。彼らは、規模が大きくなれば、管理費を減らせると考えています。目障りな幹部をクビにせず体よく周辺事業に追いやると言う理由もあります。それに規模が大きくなれば、一般に経営者の報酬は増えます。分権型の組織では、部門業績を上げるためにも買収は好ましくあります。以上の理由に加えて、投資銀行やコンサルティング会社、法律事務所などは、莫大な手数料を獲得しようと大型取引を後押します。

(11)優位性

 競争優位と収益性との関係は、必ずしも一致せず、固定的でなく変動しますが、次の4つのいずれかを目指す戦略が有効です。

・競争優位を深める

 競争優位の一つはコストを大きく上回る価値を提供することだが、「深める」とは、その価値とコストとの格差を拡大する事を意味します。その為には価値を高めて価格を引き上げるか、コストを押し下げるか、その両方が必要になります。コストと言うと、売り手側のコストばかりに注目しがちですが、製品を探す、買いに行く、到着を待つ、据え付ける、使い方を学ぶ、切り替えると言った、買い手側に発生するコストを圧縮する方法もあります。

競争優位を拡げる

 競争優位を拡大する為には、既存製品、顧客、競争相手から視点を移し、自社の競争優位を支えている独自のスキルやリソースを他に活かせる道はないか、探すことが必要になります。このタイプの戦略では、自社のリソースを他の製品や他の市場でも活用するのが最も基本です。

・優位な製品またはサービスに対する需要を増やす 

 戦略理論の専門家の多くは、価値創造=競争優位を持つことだと考えている為、需要拡大を促す事の大切さを見落としがちである。だが希少なリソースを持つ場合には、それに対する需要を上手く高める事こそ、戦略の基本と言えよう。

・競争相手による模倣を拒むような隔離メカニズムを強化する。

 隔離メカニズムは、自社の競争優位を成り立たせている製品やリソースを競争相手がまねる事を防ぎます。新たな隔離メカニズムを作り上げたり、既存のメカニズムを強化したりすれば、コピーされる恐れは減り、他社が侵入しシェアを食い荒らす事態も食い止められるので、その企業の競争優位は一段と強力になります。

(12)変化のダイナミクス

 古典的な軍事戦略では、防御側は高地を取るのが良いとされています。高地は防御側の優位性を形成します。だが重要なのは、そのように有利な高地をどうやって奪取するのかと言う事です。有利な高地ほど、手に入れるコストは高くつき、簡単に手に入る高地は、簡単に陥落するものです。 

 未踏の高地を手に入れる一つの方法は、自前のイノベーションによって作り出してしまう事です。驚異的な技術革新あるいは画期的なビジネスモデルは、新しい高地を作り出します。競争相手が押し寄せてくるまでは、何年も富栄えることができるでしょう。

 もう一つの方法は、変化のうねりに乗ることです。うねりが来たら業界の構図はどう変わるかを見極め、これから高地になりそうな方向を狙ってリソースを配分し、変化のうねりが形成される早い段階で、気付いて手を打たなければなりません。変化が始まると、目立つ影響、例えば新しいタイプの製品の急成長や旧型品の需要急減などに気を取られ勝ちですが、表面的な現象から一歩踏み込んで、目に付く影響を引き起こした根本原因を探り、波及的・二次的な変化の兆候を見逃さないことが欠かせません。

 平穏無事な時は、戦略策定の手腕は目立ちませんが、変化のうねりがやって来る時は、戦略がモノを言います。変化がまだはっきりしてないうちに踏み込み、ライバルより10%でも多くを読み取ることができれば、優位に立てます。変化のうねりを察知する手掛かりとして、第一は固定費の増加、第二は規制緩和、第三は将来予想におけるバイアス、第四は変化に対する既存企業の反応、第五は収束状態です。

 ヒント1 固定費の増加

 変化を引き起こす要因として最も単純なものは固定費の増加、とりわけ製品開発コストの増大です。このコストが嵩むと、大手でなければ耐えられなくなる為、業界の合従連衡が進展します。

  ヒント2 規制緩和

 多くの変化が、政府の重要な方針転換から始まっている事は間違いなく、とりわけ規制緩和は影響が大きくあります。過去30年間で、アメリカ政府は航空、金融、ケーブルテレビ、トラック輸送、通信分野で大幅な規制緩和を行ってきましたが、結果、どの産業でも競争環境は劇的に変化しています。

  ヒント3 将来予想におけるバイアス

 変化のうねりがやって来ると、「将来予想のバイアス」が横行します。一つのバイアスとして、大方の人が「巨人同士の対決」を予想します。巨人同士が競争し、体力に乏しい中小企業は押し出されると言う見方です。これが正しい時もありますが、常にそうなるとは限りません。ありがちなバイアスの3番目は、いま成功している企業のやり方に従えば良いと言うものです。コンサルタントやアナリスト推薦のやり方だが、彼らは現在の勝ち組がそのまま将来も勝ち組になるか、将来の勝ち組は現在の勝ち組に似ていると考える傾向があります。

 ヒント4 既存企業の反応

 変化の大波が押し寄せてきた時には、既存の大手がどう反応するかが重要なポイントになります。一般に確固たる基盤を持つ大企業ほど、それらを揺るがしかねない変化に抵抗すると考えられています。

   ヒント5 収束状態

 変化のダイナミックスについて考える時には、収束状態を見通すと良く、   新しい技術や構造変化に直面した産業がどの様に動き、どこに落ち着くかを予想します。効率的な方向へと変化は進み、産業の収束状態を明確に描き出せるなら、変化の波に乗ることもより容易くなるでしょう。

(13)慣性とエントロピー

   企業経営においては、組織が状況の変化に適応できない、適応しようとしない性質を「慣性」と呼びます。変化に迅速に対応できた企業は、安泰でいられるはずですが、ここに「エントロピー」というもう一つの力が働きます。「エントロピー」とは、企業経営に於いては、長い間には必ず秩序が緩み、焦点がぼやけてくる事を意味します。経営者はエントロピーを常に念頭に置き、戦略や競争環境に変化がない場合でも、目標や組織や行動が本来の方向に向かっているか、注意を払わなければなりません。慣性とエントロピーは、戦略にとって重要な意味を持ちます。第一に、戦略が上手く機能する時には、ライバルの慣性と非効率に助けられる場合が多く、第二に、組織にとって最大の問題は、外からやって来る脅威ではなく、身の内にあるエントロピーと慣性であるからです。リーダーはエントロピーと慣性の実態をよく把握した上で、業務慣行や企業文化など一連の改革を設計するべきです。

 組織の慣性は大きく三種類、業務の慣性、企業文化の慣性、委任による慣性に分類できます。業務の慣性は普段は気付かないが、外から突然ショックが襲ってきた時に、その存在が明らかになります。最大の障害は経営陣の意識なのだから退治する事ができ、旧来の慣行が染みついている人や変化に抵抗する人には退場して貰わなければなりません。

 企業文化の慣性を打ち破る第一のステップは単純化です。無闇に複雑な業務手続を簡素化し、部門間の隠れた力関係を明るみに出し、埋もれていた無駄や非効率を排除します。単純化が完了したら、次には組織単位の分割が必要かもしれません。分割の次は、適切な優先順位付けや取捨選択が必要で、必要に応じて閉鎖、修復、再編を行います。この時、業績だけでなく、文化に注目する事が大切です。文化を変えると言うのは漠然としていますが、業務行動規範を変え、職場の価値観を変える事です。規範を変えるには、一般に上層部を変える必要があります文化の慣性が解消されたと判断出来たら、分割した組織を必要に応じて連携させ、協力体制を整える事も考えると良いでしょう。

 顧客の慣性、顧客から委任された慣性が働き、既存の利益の源泉がまだまだ安泰だと見込める時、変化に対応しない、あるいは変化に抵抗する事を企業が自ら選ぶことがあります。委任による慣性は、既存企業が古い収益源にしがみつくのをやめ、競争環境に対応しようと決意した瞬間に消滅します。伝統企業を出し抜いた様に見えた新参企業は、その時を境にぱったり利益が途絶えてしまいます。逆に、新参企業が価格優位に加えてクオリティの面でも顧客の信頼を勝ち取る事ができれば、既存大手は競争に復帰しても、顧客を取り戻すことはできません。

3.ストラテジストの思考法

(14)戦略思考のテクニック

 リストを作る事は、認識能力の限界を乗り越える手段と言えます。リストがあれば忘れてしまう事を防げるし、リストを作る過程で、抱えている問題の相対的な緊急度や重要度を天秤にかける事ができます。そして「今やるべきこと」が明確になれば、問題解決に向けた行動を起こせるはずです。

 視野狭窄は、あらゆる戦略立案の邪魔になります。戦略的になると言う事は、近視眼的な見方をなくすと言う事で、逆に言えば、ライバルより広い視野を持つ事です。同業者や競争相手が何をしているか、何をしていないか、常に認識していなければなりません。だからと言って遠い将来を予見する必要はありません。あくまでも事実に基づいて、産業構造やトレンド、競争相手の行動や反応、自社の能力やリソースを観察し、自分の先入観や思い込みをなくして行きます。戦略的であるとは、近視眼的だった自分から脱皮する事だと言えましょう。

 最初に閃いたアイデアは溺れる者にとっての藁と言えます。問題は、いったん藁に飛びついてしまうと、もっと良いものがそこにあるかもしれないのに、もはや気付かないことです。せっかく良いアイデアだと思った事を一旦放棄して別の選択肢を探すのは、誰だって気が進まないものです。人間は何かを思い付くと、それを疑いの目で見てあら探しするのではなく、何とか正当化する事にエネルギーを使うようになります。たとえ経験豊富なエグゼテクィブであってもです。だが皆さんには、この無意識の罠にはまらないで貰いたい。いまでは藁の存在を知ったのだから、問題にどう取り組むか、自分で選ぶことができるはずです。これこそが、戦略の極意だと確信する。自分の考えを自分で疑い検証できる事が大切なのです。

 ある分野で戦略を立てるには、その分野に付いて十分な知識を持っていなければなりません。これに関しては、現場の実地経験に勝るものはないと言えましょう。とはいえ、経験と知識さえあれば良い戦略が立てられる訳ではありません。目先の事や最初の思い付きに迷わされずに自分の考えを導いて行く為には、3つの習慣を付けると良いでしょう。第一は、近視眼的な見方を断ち切り、広い視野を持つ為の手段を持つ事。例えばリストは良い方法です。第二は、自分の判断に疑義を提出する習慣を付ける事。自分からの攻撃にすら耐えられない様な論拠は、現実の競争に直面したらあっさり崩壊してしまいます。第三は、重要な判断を下したら記録に残す習慣を付ける事です。そうすれば、事後評価して反省材料として活用できます。

 更に以下では、戦略思考に役立つテクニックを幾つか紹介します。一つ目は、戦略があらぬ方向に逸脱しない様チェックする為のテクニック、二つ目は、戦略の一貫性をチェックする為のテクニック、三つ目は良い判断を下す能力や自分の判断を検証する能力を高める為のテクニックです。

 テクニック1 カーネルに立ち帰る

 カーネルは、良い戦略には最低限3つの要素(診断、基本方針、行動)が備わっている事を思い出させてくれます。状況を診断し、基本方針を定め、一貫した行動を設計する事は、どんな戦略にも欠かせません。

 テクニック2 問題点を正確に見極める

 多くの人が戦略とは行動を起こす事だと考えているが、その前に困難な状況を見極める作業がある事を忘れてはいけません。何が問題なのか、何が障害物になっているのかを把握していれば、どんな戦略が可能なのかがより明確になります。更に重要なのは、幾つかの要因が変化したら、戦略の効果にどの様な影響が及ぶかを見越しておく事です。言い換えれば、方針を決める事よりも、方針を決定づけるような要因、とくに懸念すべき問題点を見つける事に比重を移すのです。

 テクニック3 最初の案を破壊する

 最初の思い付きで戦略を立てる悪癖を治す方法は簡単です。一つの戦略で満足せず、別の戦略を探す事です。ところが私がそう言っても、たいていの人が最初のアイデアにこだわり、その派生バージョンしか考えようとしません。別の戦略案を立てるからには、もう一度状況をじっくり見て事実を確かめ、診断するところから始めなければなりません。より良い案を練るためには最初の案の弱点を抉り出し、矛盾を見つけ出して、「破壊」すると言うステップが必要になります。

(15)自らの判断を貫く

 良い戦略は注意深い状況判断から生まれます。その判断は、最終的にはあなた自身のものでなければなりません。周囲に流されたり大勢に従っていたりしていたら、悪い戦略しか生まれません。

 群れの圧力は「みんなが大丈夫だと言ってるのだから絶対大丈夫なのだ」と考える事を強要します。内部者の視点は、自分は特別なのだから、他の時代や他の国の教訓は当てはまらないと考える事を強要します。現実を直視し、群れの大合唱を否定するデータに目を向ければ、また歴史や他国の教訓から学べば、それは十分に可能です。












































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