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戦略の大家、マイケル・ポーター教授に学ぶ経営戦略の立て方(2)

 米国の著名投資家で、世界最大のヘッジファンドを創設したレイ・ダリオ(Ray Dalio)氏は、“Designing precedes doing . (設計は実行に勝る)”と述べていますが、本稿では(1)に続き、経営戦略の描き方や設計の書き方を、戦略論の大家であり、日本でも有名なハーバード大学経営大学院のマイケル・ポーター教授から学びます。

4. 衰退産業における終盤戦略

   衰退産業では、戦略的思考を止めてしまう企業があまりに多いが、有利なポジションにある企業に、非常に大きな利益をもたらす場合もあり、終盤戦略を構築することは重要だと、ポーター教授は語っています。またその戦略は、早期撤退戦略と収穫戦略の2つが議論の中心となるが、リーダーシップ戦略とニッチ戦略の2つも考慮しておくべきだとしています。以下、4つの戦略を整理します。

(1)早期撤退戦略                           早めに資産を手放すことは、需要減退の予測が間違っているというリスクがつきまとうが、売却が早ければ早いほど、買う側でも確信が持てず、買い手を見つけやすい。

(2)収穫戦略                             投資をやめ、キャッシュフローの最大化を目指し、最終的には事業を売却する方法。業界構造が非常に有利でない限り、明確な強みがなければ、収穫戦略に走るのは失敗するのが普通で、競争上のリスクと経営上のリスクを伴い、十分な収穫が得られない場合が多い。 

(3)リーダーシップ戦略                                          業界での支配的地位によって、リーダーシップを握り、衰退産業に踏み止まる数少ない企業の一つになることで、他社が急いで業界から離れていくよう仕向けたり、撤退障壁を緩和するなど、衰退プロセスを上手く制御し、価格競争を避け、投資を考慮しても、収益性が改善する。このポジションを確保したら、そのままのポジションを維持するか、節度ある収穫戦略に切り替える。業界の衰退をチャンスと捉え、客観的判断を下せるなら、相当の利益が得られる可能性がある。

(4)ニッチ戦略                            衰退産業の中でも、安定した需要が続くか、衰退が遅くなりそうなセグメント、高い利益が得られる構造を持ったセグメントを探し当てる。見つかったら、他のセグメントから撤退しつつ、このセグメントで強力なポジションを得られるように先手を打つ。

衰退に向けた戦略の選び方

 不確実性が低く、撤退障壁が低いなどの条件が揃っていれば、業界構造は秩序正しい衰退局面を経る可能性が高く、強力な企業であれば、残された市場セグメントの価値次第では、リーダーシップを追及するか、ニッチを守り抜く事もできるでしょう。一方、とくに傑出した強みを持たない企業は、収穫戦略か早期撤退戦略を選ぶべきだと考えます。

 不確実性も、撤退障壁も高い、つまり終盤での競合状態が不安定であれば、何らかの強みを持っているのであれば、安全なニッチに絞って事業を縮小するか、収穫戦略をとるか、あるいはその双方が考えらえるでしょう。さもなければ撤退障壁が許す限り、できるだけ早く撤退すべきでしょう。

 正しい戦略を決定するには、事業そのものと、自社の戦略上のニーズを突き合わせて考え、それに応じて終盤戦略を構築する必要があります。どの終盤戦略にするかを早めに決めてしまう方が有利であり、成功する為には自分で終盤戦略を選ぶべきであり、戦略を押しつけられるようではいけません。最善の道は、衰退をあらかじめ予期しておくことです。予期できれば、あらかじめ対策を講じ、終盤でのポジションを改善できる可能性があります。

5.競争優位から企業戦略へ

 多角化企業の戦略には2つのレベルがあります。1つは事業単位の戦略(競争戦略)で、もう一つは企業レベルの戦略(企業戦略)です。競争戦略は、いかにして競争優位を生み出していくかを、企業戦略は、どの事業分野に参入するか、多くの事業部をどうやって統括していくかをテーマとします。成功する企業戦略とは競争戦略から生まれ、それを強化するものでなければならず、企業戦略があってこそ、企業は全体として個々の事業部を足し合わせた以上の存在になれます。けれども企業戦略のこれまでの歴史を振り返ってみると、悲惨の一言でした。 

多角化企業が満たすべき本質的基準とは

  企業戦略の策定にあたり、多角化企業が株主価値を生み出す前提として、以下の3つの本質的基準を満たす必要があります。

(1)魅力  多角化の対象となる業界は、構造的に魅力があるか、魅力的になりうる可能性をもっていなければなりません。参入障壁が高く、供給業者や買い手の交渉力が適度で、代替製品・サービスがほとんどなく、参入企業間の競合関係が安定している、投資利益率(ROI)が高いなど、魅力的な産業でなければなりません。  

 それだけの利益を生まない業界の場合、業界そのものの構造改革を行うか、業界平均を大幅に上回る利益につながる、競争優位を獲得しなければなりません。その業界の潜在的な魅力が十分に認識されないうちに参入した方が、有利な事もあるでしょう。業界の魅力の代わりとして、業界の成長の速さなど単純な指標を口実にする事もしばしばあります。しかし、例えばパソコン、ビデオゲーム、ロボットなど、急速に成長した産業に殺到した企業の多くは、初期の成長を長期的な潜在利益と見誤り、大失敗を演じました。ハイテクだからと言って、その業界の収益性が高いわけではなく、業界構造に魅力がある場合だけです。

 (2)参入コスト    新規事業への参入コストが、予想される利益を食いつぶしてしまうようであれば、株主価値を生み出すには至りません。新規事業に参入する場合、既存企業を買収するか、新会社を設立するという二つの手段があります。買収においては、効率性を増してきている企業買収市場に乗り出すことになり、複数の買い手が競合し、買収プレミアムが高いことも多くあります。一方、新会社を設立する場合は、参入障壁を克服しなければなりませんが、魅力的な産業が魅力的な理由は、参入障壁が高いからこそであり、魅力が大きければ大きいほど、参入コストは高くつきます。

(3)補強関係       企業は、新たな事業部に対して、強力な競争優位をもたらすか、あるいは逆に、新たな事業部から大きな競争優位を得られる可能性がなければならなりません。新規事業に与える競争優位上のメリットが一回きりの場合は、親会社としてはその事業部を長期的に抱え続ける理由は何もなく、その事業部を売却して、本社の資源を解放する方が得策です。

企業戦略というコンセプト

 企業戦略の中で実践されている4つのコンセプトを特定しました。すなわちポートフォリオ・マネジメント、リストラクチャリング、スキル移転、活動の共有です。4つのうちどれか一つでも無視すれば、おそらくそれは失敗への最短距離となるでしょう。 

 なお、上述の3つの本質的基準は、あらゆる企業戦略が満たさねばならない基準で、これを満たすのが非常に難しいからこそ、あれほど多くの多角化が失敗に終わります。多くの企業は、多角化の指針となる明確な企業戦略コンセプトを持っていないか、あるいは3つの本質的基準を満たさないコンセプトを追及をしてしまいます。それ以外の失敗は、戦略遂行が下手な事によるものです。

(1)ポートフォリオ・マネジメント

 一般的に優秀なポートフォリオ・マネジャーは、経営トップに求められる専門知識を広げ過ぎない事を目的に、その事業範囲をある程度制限します。その手法は、社内の専門的能力・分析力を活かし、魅力的な買収先を探し出し、全社的な資金調達能力を裏付けに、有利な条件で資本を提供します。そして専門的な経営スキルや規律を導入し、最後にその事業に対する先入観や感情的な愛着に囚われない、質の高い業績評価や指導を提供します。買収後、新たな事業部にほとんど介入しない為、優良だが過小評価されている企業を探し出さす必要があり、自律性の高い事業部運営の実施に、健全な事業戦略とやる気のあるマネジャーの両方が不可欠となります。

 しかしほとんどの国で、このポートフォリオ・マネジメントは既に過去の遺物です。優れた経営陣を擁する魅力的な企業を見つけることは、コンピュータを利用すれば誰でもできるようになり、最高の買収プレミアムをつけた資金がその企業へ殺到します。資本を提供するだけでは十分な貢献にはならず、もはや専門的な経営スキルという点で注目を集める時代ではなく、「経営者が業界特有の知識や経験なしに、どんな企業でも経営できるわけではない」との意見も強まっています。最も優秀なポートフォリオマネージャーでさえ、最終的に挫折してしまう理由は、その経営業務の複雑さにあり、何十や何百もの共通点のない事業部を管理し、その数を増加させなければならない中で、経営陣はミスを犯し始めます。先進国での企業戦略モデルとして、ポートフォリオ・マネジメントは、もはや企業戦略の手法として無効です。

(2)リストラクチャリング

 戦略の基礎にリストラクチャリングを置く場合、当該事業の持つまだ陽の目を見ていないポテンシャルが必要になります。リストラ戦略では、未発達だったり、業績不振で危ない組織や、大きな変化が起きそうな業界を探します。親会社は各事業部に介入し、頻繁にその経営チームを入れ替え、戦略を変更し、新しい技術を導入します。クリティカル・マスを実現するため追加の買収を進め、不必要だったり、関連の乏しい部門を売却して、全体としての買収コストを減らします。結果として、体質を強化した企業や、姿を一新した業界が誕生し、成果を確認すると、締めくくりとして、親会社は健全さを増した事業部を売却します。親会社としてはもはやその事業部に付加価値を与えられず、経営トップは別の目標に関心を向けるべきだと判断するからです。ターゲットとする業界の構造に魅力がありさえすれば、リストラクチャリングという戦略モデルは、非常に大きな株主価値を生み出す可能性があります。優れたリストラクチャリング企業は、単なる企業買収ではなく、業界全体のリストラクチャリングに取り組んでいるのだという認識を持っています。

 大きな問題が生じるのは、他にも多くの企業がこの戦略に沿った行動を取る場合で、そうなると買収候補企業が払底し、買収価格が上昇してしまいます。最大の落とし穴は、成功して業績が好転し始めると、その事業部を手放すのが非常に難しくなってしまう点です。人間の本性が、経済原理とケンカを始め、企業の目標として、企業規模が株主価値に取って代わってしまいます。売却せず、各事業部に再投資の必要が出てくるにつれ、親会社のROIは悪化し、最終的にはリストラによる一時的な利益を、日常的なビジネスが食いつぶしてしまいます。また「成長を続けなければ」という意識のせいで買収のペースが加速し、結果としてミスが出て、買収の基準が下がる傾向にあります。 

(3)スキルの移転

 企業が多角化し、スキルの移転によって競争優位が得られるのは、事業間の類似性が、以下の3つの条件を満たす場合だけです。第一がそれぞれの事業に含まれる活動が似通っていて、専門能力を共有する意味があると言う条件です。第二が、スキルの移転が競争優位の点で重要な活動に関係していると言う条件です。周縁的な活動でスキルを移転しても、メリットはあるかもしれませんが、根拠にはなり得ません。第三に、移転されるスキルが、受け取る側の事業部にとって、大きな競争優位の源泉となると言う条件です。移転されるスキルや専門能力は、競合他社の能力を超えた、先進的で、独自のものでなければなりません。

 状況によっては、中心的な人物を恒久的に異動させ、経営上層部がスキル移転に参加し、これを支援することが不可欠であり、事業部間の独自の専門能力の移転が本当に実現していれば、スキル移転という戦略は多角化成功のための3つの基準をクリアしています。スキルの移転は、一時的なものもあれば継続的なものもあり、買収直後の一時期で、新たな専門能力をすべて注入し尽くしたとしたら、もう株主価値を生み出せず、その事業部を売却してしまうべきです。                                                                 

 多角化の際に進出事業を巧みに選んでいれば、多くの方向へのスキル移転が可能になります。経営陣がそこに役割を見出し、適切な組織メカニズムを創り出して事業間の交流を促進すれば、専門能力を共有するチャンスも豊かになります。スキル移転というコンセプトを活かして多角化に成功している企業は、ターゲットとする業界内の企業を買収して、それを足掛かりとして、社内の専門能力を活用して事業を育てていく事が多くあります。

(4)活動の共有

 価値連鎖おける活動を複数の事業部間で共有することに基礎をおきますが、どんな活動でもいいと言う訳ではなく、競争優位の点で重要な活動を含んでいなければいけません。活動の構成や能力の面で妥協が必要になり、妥協が事業部の効率を大きく損なうようであれば、競争優位がむしろ弱まってしまう事もあります。また規模の経済に左右されない活動の場合には、調整のためのコストが統合のメリットを上回ります。落とし穴があるとはいえ、活動の共有によって競争優位を得るチャンスは、エレクトロニクスや情報システムなど技術の発展、規制緩和などによって、拡大しています。P&Gやデュポン、IBMなど、活動共有というコンセプトを使っている企業では、新しい業界への足掛かりを築くために買収を行い、既存の事業部との活動共有を通じて、新たに買収した事業部を統合しています。 

企業戦略の選択

 企業戦略の選択は一発勝負ではなく、その後に発展性のあるビジョンであるべきです。長期的に望ましいコンセプトを選び、最初の出発点から、そのコンセプトに向けて現実的な前進を図るべきであり、また企業が多角化を通じて生み出す株主価値は、その戦略がポートフォリオ・マネジメントから活動の共有へと近づくにつれて増大します。多角化に成功した企業の重要な特徴は、社内にスキル移転や主要活動を共有する可能性がある分野に向けて、多角化を進めています。いかに関連性の深い業界であっても、業界構造が劣悪だったり、戦略の実施が拙劣である場合には、企業戦略のどのコンセプトを選んでも失敗します。


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