映画『東京物語』感想(ネタバレあり)

映画好きなら誰もが知っているであろう、小津安二郎の代表作。だいぶ前に見て記憶が薄れてきているので、簡単なあらすじと印象に残ったシーンを中心に書くことにする。

・あらすじ
一組の老夫婦が、東京に住む子供たちを訪ねる。しかしそれぞれの家庭の事情もあり厄介者の扱いをされてしまう。唯一戦死した次男の妻紀子だけが二人を手厚くもてなしてくれる。複雑な思いのまま帰った周吉夫婦だったが、妻のとみが急病で亡くなってしまう。寂しさを抱えながらも、周吉は感情を吐露する紀子に優しい言葉をかけ、妻の形見を渡すのだった…という話。

・熱海の旅館
周吉夫婦は諸々の用事に忙殺される子供たちに厄介払いのような形で、熱海での宿泊を勧められる。ところがこの旅館が、お手頃らしいのだが(長女曰く一日東京案内するのと変わらないぐらい)客層が明らかにミスマッチ。履物を部屋の前にぴったり揃えて布団に入った周吉夫婦に対し、深夜までどんちゃん騒ぎをする若者たち。思い付きで行かせた宿だからか、客層や居心地まで十分に考えられていないのだ。二組のぴったり揃った履物が、浮いている二人を象徴するようで切ない。旅館から帰っても、家族に旅館の愚痴一つ言わない二人の姿にもまた心打たれる。

・とみと紀子の会話
とみは紀子の家に一晩泊まることとなる。このシーンで、とみは懇願に近いぐらい真剣に、亡くなった息子のことは気にせず再婚してほしいと話す。再婚してくれないと、かえって気がかりだと。そんなとみの気遣いに、紀子はいいんです、とあくまで笑顔で否定する。今のままで幸せだというように。その意味は後々わかるのだけれど、紀子は一瞬だけ物憂げな表情を見せる。とみの優しくて切実な願いが胸に迫って、思わず涙が出た。

・とみの死
旅の疲れが出たのか理由は定かではないが、とみは自宅に帰ってから急病で亡くなってしまう。石である息子がもう望みはないことを告げる。この一連のシーンの笠智衆の演技が素晴らしかった。「そうか、いけんのか…」という台詞しかないが、その茫然自失とした表情から感情が伝わる。それに、俳優だから当たり前といえばそうなのだけど、他の人物がメインのシーンでも、打ちひしがれた夫の姿を見事に表現していた。

・感情を打ち明ける紀子
とみが亡くなり、二人で話している周吉と紀子。周吉は紀子が一番よくしてくれた、とみも紀子の家に泊まった日が一番楽しかったと言っていた、とほめる。とみの形見を渡そうとする周吉に、紀子は激しく感情を吐露する。私はずるいんですと。死んだ夫を思い出さない日もある、何か起きないかと期待している自分がいる、このままではいけないと思っていると。そんな心情をとみに打ち明けられなかったことにも、紀子は後ろめたさを感じていた。その後ろめたさがあったからこそ、紀子は周吉夫婦に温かく接することができたのかもしれない。それを本当の真心ではないと罪悪感を覚えることもあったのかもしれない。とみと過ごしていたときにふと見せた物憂げな表情と、紀子の話が重なる。しかし周吉は、そう話してくれる君はやっぱりいい人だと感謝して、形見を渡す。
このシーンは原節子にハマっていてとても良かった。『晩春』でもそうだったけれど、原節子の演じる貞淑な女性には悲壮感がない。現代の私たちから見ると紀子のような女性は、ともすれば弱々しく可哀想な存在に見えそうなものだけれど、それがない。原節子のどちらかというと西洋的な顔立ちやしっかりとした体格が、貞淑な中に芯の強そうな印象を与えるのだと思う。そんな彼女がばーっと感情を吐露するシーンが『晩春』にもこの『東京物語』にも入っていて、それがとても好きだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?