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「食べ残し」考

僕は、「食べ残し」が嫌いです。

自分の店でお客さんに料理を食べ残されるのも嫌だし、逆に他所のお店に行って、他のお客さんが食べ残しているのを見るのも嫌です。

「いい大人が自分の食べられる量も分からないのか」

「唐揚げだけ食べて付け合わせの野菜を残すなんて子供じみてる」

「ベジタリアンのくせに野菜が嫌いなのか」などと、つい憤ってしまいます。

そもそも若い時は、食い意地の張った食いしん坊でした。

子供の頃、専業主婦だった母が病気の影響で夕飯を作ってくれないことが何度もあり、その度にお腹を空かせて困った経験があります。

そのせいなのか、いま食べ損なったら次にいつ食べられるか分からない、と思うようになり、

「出されたものは全部食べる」

「他の人が残したものも全部いただく」

「食べ残しなんてもってのほか」だと考えていました。

そんな若者だった22歳のこと。

僕は、児童劇団の一員でした。

劇団の主な公演先は小学校がほとんどで、機材を積み込んだマイクロバスで移動して、学校の授業が始まる前に体育館や講堂に入って準備をはじめます。

地方公演の場合は、公演場所に近いホテルに前泊して、翌朝早くに出発です。

時間がないので、朝食は道中のコンビニエンスストアに立ち寄り、劇団員それぞれが自分の食べたいものを買い込んで、車中で食べるのが日課でした。

ある日のこと、僕より数歳年上の劇団のチーフが、食べていた焼きそばを半分くらい残してコンビニのビニール袋に入れて捨てようとしていました。

僕は驚いて、「食べられるのに捨てるなんてもったいなくないですか」と聞きました。

するとチーフは、

「おなかはゴミ箱じゃない、と小さい頃、母親から教わった。

腹八分目で済ませるから捨てても良いんだよ」

と応えました。

自分と正反対の価値観に出会い、戸惑ったことを覚えています。

確かに食べ過ぎは良くないし、お腹がいっぱいではその後の仕事にも差し支えるでしょう。

けれども、その人が自分で選んでものなので、食べられる量を調節して買えるはずだと思いました。

食べたいだけ味わったら、あとは捨ててもかまわない、という考え方に同意できませんでしたが、口の達者なチーフに対してろくな反論もできませんでした。

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それから3年後の、25歳の夏に、僕はお肉を食べることを止めました。

ラーメン大好き、牛丼大好き、焼肉大好き、ハンバーガー大好きだった自分にとって、革命的な決断です。

「とにかく肉は口にしない」と心に決めて、一番困ったのは外食でした。

一人で食事するなら、注文したい料理にお肉が使われていれば、別のメニューを選ぶか、肉を使わないで調理するよう頼むようにしていました。

けれども、仕事上の会食とか、昔からの友人たちと飲みに行ったりすると、自分の都合だけで注文する訳にもいきません。

「ヴィーガン」という言葉や菜食の考え方が、現在に比べると浸透していなかった頃ですので、注文される飲食店側の理解も浅かったと思います。

提供された皿にお肉が入っていたら、同席の人に食べてもらうか、残して食べないようにしていました。

いま考えれば、その料理にはその素材のうま味や成分が含まれている訳ですから、固体としての肉片だけを除けてもあまり意味はないはずです。

けれども当時は、「とにかく肉は口にしないと決めたんだ」という固定観念が優先して、お肉を食べ残したらもったいない、とは思いもよりませんでした。

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時が経ち、ここ十年くらいは、注文した料理になにが入っていようと全て食べるようになりました。

自ら肉類を使ったメニューを注文することはありませんが、お肉が多少入っていても、かまわずおいしくいただこうと心がけるようになったのです。

それはやはり、飲食店を経営し、自分が調理したものをお客さんに提供しているからでしょう。

健康を意識した玄米菜食であろうと、お客さんがヴィーガンやベジタリアンであろうと、食べ残す人は食べ残します。

作り手として感じるのは、その人に提供した料理は、その人が選んで引き寄せたもの。

だから、全ておいしく食べてもらいたいと、心から思うようになったのです。

とは言え、普段食べないものをたくさん食べることは、身体に負担がかかります。

2017年の夏に、インドネシアのバリ島へ行ったツアー旅行での出来事でした。

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バリ島の寺院や聖地と呼ばれる名所などを巡りながら、瞑想やボディワークのレッスンを受けるというツアーで、講師はベジタリアンの方。

バリ島は欧米からの旅行客も多いので、飲食店でのヴィーガン対応がかなり定着しています。

ホテルやレストランでの会食はビュッフェスタイルが多く、自分の食べられるものだけ選べるようになっていたので、不自由なく楽しく食事ができました。

そんなツアー4日目のこと、移動途中の昼食で立ち寄ったのは、昔の貴族の屋敷跡のような大きな敷地と建物のレストランでした。

旅行会社からあらかじめ予約されていたそのレストランは、何種類ものカラフルな鳥たちが飼われていたり、お客なのかスタッフなのか分からない人たちが地べたに座っているなど、独特の雰囲気です。

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食事は、インドネシア料理の名物・ナシチャンプルが出されました。

大きな皿に盛られたごはんの周りに、いろいろな味付けの具がトッピングされている料理です。

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注:ナシチャンプルです。この写真は、このツアーで食べた別のお店のヴィーガン対応のもので、とても美味しかった!


お皿を見ると、明らかにお肉の塊らしきものがごろごろとのっています。

ガイドさんの話では、ヴィーガン対応で注文してある、とのことでしたが、
南国の楽園・バリ島はある意味ゆるい所で、それまでにも何度かこうした行き違いがあったのです。

まあ仕方ない、と腹をくくって食べ始めました。

そのお肉の塊は、焼いてあるのか揚げてあるのか、とにかくすごく固くて何の動物のものかも分からないもの。

おいしくありませんでした。

それでも、自分の目の前に現れた料理は、自分が引き寄せたもの。

「食べ残すのももったいないし、ありがたくいただこう」

ごはんや他の具はおいしかったので、完食しました。


そして、お腹を下しました。


ツアー初日から生水と食べ物に気を付けて、特に不調がなかったのに、急に胃腸の調子が悪くなったのです。

翌日から食事はあまり食べられず、ビールも飲めないし、不調のまま帰国しました。

もったいないからと言って、普段食べ慣れないものを食べてお腹を壊しては、元も子もありません。

「おなかはゴミ箱ではない」

ふと、劇団のチーフの言葉を思い出しました。

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