文体の舵をとれ 第1章実践

「文のひびき」というテーマで、少数精鋭でワークショップを開きました。以下、その課題の実作になります。

練習問題①声に出して読むためのナラティヴ
 ゆらゆら揺れるカーテン。ぶうぶう変な音のせん風機。おひるね終わりの午後、雨あがり。つるっとすべった雨粒が、窓のむこう、きらきら光って線をのこす。もやもやの頭に、しょぼしょぼのまぶたに、ぐうぐうなるお腹。とんとんとん。まな板と包丁。キッチンで誰かが何かを作ってる。

練習問題②動きのある出来事、強烈な感情
 砂利交じりになった舗装路に、うなだれた様子の人々が列をなしていく。食糧を求めに来たか、それ以外の理由か――皆一様に、誰とも目を合わせず、地面に何か興味深いものを見つけたように視線を落とす。列の先頭で、怒声が上がった。頭に黒い布を巻いた男が一人、戦車の砲座によじ登って声を上げたのだ。擦り傷だらけの額、皮膚がめくれた頬。煤で汚れたその真っ黒な顔の中で、双眸だけがぎらりと刃物のように光っていた。
 たたたん、たたたん。
 乾いた銃声が何度か青い空に響く。驚いた赤子の鳴き声。艶やかな黒い髪をした母親が、覆いこむようにその子を抱えこんだ。人々は、囁きさえもやめて黙りこむ。赤子の鳴き声を耳障りに感じたか、男は余計に苛立って、早口で何かをまくしたてる。髪だ、髪だ、その髪だ。なぜおまえは髪を隠さないのか。男はそのまま母親の首元を乱暴に掴むと、列から引き離して連行していく。
 人々は緊張から解き放たれ、少しずつ囁き声が戻ってくる。可哀想に、と一言つぶやく者も中にはいたが、周りの兵士に睨まれて口をつぐむ。日常が戻る。日常になってしまったものが。

◇参考に上がった作家さん(敬称略)

川上未映子、村上春樹、町屋良平、町田康、中原中也、太宰治、小野正嗣、森見登美彦

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