10:入院8日目、手術日

入院からちょうど1週間の火曜日、朝はみんながご飯を食べる匂いで目が覚めた。

昨日の21時から絶飲食のため、今朝はそのまま歯磨きに行った。他の患者は食事中だから、まだ誰もいない。歯磨きを終えてベッドに戻ると、看護師さんが点滴を替えに来た。ほぼ毎日針を刺し直していたため、もう刺せる場所がなかなか見つからなく、今回は左の手背に刺した。今日はもう自力で動くこともないから、ここでも邪魔にはならない。

みんなの食事が終わった頃、看護師さんが電動の髭剃りを持って現れた。手術直前に、さらに髪を短くする。おしゃべりをしながら10分程剃った後、次はネブライザーの機械を持ってきた。今回の手術では挿管をするのだが、そうすると喉が傷ついて痰がたくさん出るらしい。術前に喉を潤しておくと、自力で痰が出しやすくなるのだという。「モクモクが止まるまで吸っててね」と言われ、ひたすらボーッとしながら吸った。あまりにボーッとしすぎて、無意識に鼻呼吸をしてしまって鼻毛がビショビショになるくらい。

ネブライザーが終わると、今度はむくみ予防の弾性ストッキングを履かされた。脚が太い私には、かなりの締め付けだ。「もう少しでご家族来る時間だから待っててね」と言われ、時間が来るまでまたボーッとした。

特に緊張するでもソワソワするでもなく、動いたら点滴がまた漏れるからと思い、とにかく静かにしていた。

コロナのせいで面会すらできない状況だったが、さすがに手術となると家族は病院に来ていいらしい。

「ゆうなちゃん、ご家族みえたよー」と声をかけられ、病状説明の時と同じ、総勢6人の家族が部屋に来た。坊主になってから初めての対面だ。「緊張してる?大丈夫だからね」などと声をかけられたが、特に私は緊張してないし、むしろみんなのほうが大丈夫じゃなさそうな顔をしていた。

夫が、「何この靴下」と聴いてきたため、弾性ストッキングの説明をしていたが、ついに話題が尽きた。母から、美容室で伯母が借りてくれた医療用ウィッグのカタログを受け取り、とりあえず中を見てみたりした。すると看護師さんがやってきて、「入室準備をするので、ご家族は別室へ」と案内してくれた。「また入室直前で廊下で顔見れるからね」と私に声をかけ、家族を連れて待機用の病室へ向かった。

すぐに看護師さんはストレッチャーを持って帰ってきて、「さあ準備しよう」とテキパキと準備が始まった。私はストレッチャーに移動し、着ているものを全て脱ぎ、おむつを履かされた。真っ裸のままストレッチャーに寝転び、身体に病衣をかけて出発した。手術室に入る直前、もう一度家族と顔を合わせ、「頑張ってね」と声をかけられた。私が、行ってきまーす!と元気に返事をしたら、看護師さんに笑われた。

9時入室予定だが、数分早かったらしく、手術室前で看護師さんと少し待機した。「ずいぶん余裕じゃん」まあ、寝かせてもらえるからねー、なとど話していると、ぴったり9時になり、入室した。

ドアが開くなり、手術室の看護師さんが、「まー!かわいい子が来た!」と明るく声をかけてくれた。坊主になった途端みんなが褒めてくれるから嬉しい。看護師さん同士の申し送りも終わり、いよいよ手術室のストレッチャーに移動した。

「じゃ、ゆうなちゃんがんばってねー」と病棟看護師さんが去っていく。そのあと手術台に移動した。ライトが眩しい。「点滴と一緒に眠くなるお薬入れるからね、目瞑っててねー」と言われたため、目を閉じた。本当は何秒耐えられるかやってみたかったが、目を瞑ってしまったら分からない。数秒後、なんとなく頭がじわーっとした感じがした。


「ごとうさーん、ごとうさーん、おきてー」と呼ばれ、目を開けると、まだ手術台にいる。眩しい。「私の両手握って」と言われて、目の前の人の両手を掴んで握った。「両膝立てられる?」言われた通りにした。すると、口から喉まである管をズルッと抜かれた。あまりに苦しくて、何度も咳をした。そうしていると、途端に寒さを感じ全身がブルブルと震えてきた。「シバリング出てるよー」と男性の声が聞こえて、電気毛布をかけられた。そこからの記憶がない。

(家族の話では、手術の間個室で待機をしていて、看護師さんが「今頭を開きました」「今切除しました」「今頭を閉じています」と逐一報告に来てくれたらしい。手術は約3時間ちょっとで終わり、その間に各家族で交代で昼食を食べに出ていたそうだ。手術が終わった後、私はCTを撮りに行ったそうで、そのあと先生と家族でそのCT画像を見て、手術が無事に終了したことを確認したそうだ。私はCTに連れて行かれたことは全く覚えていない。管を抜かれたあと、もう一度寝たようだ。)

「ゆうなちゃーん、おはよーう」と声が聞こえて目を開けると、知らない個室にいた。看護師さん2人が見える。電気毛布を敷いたベッドに移動し、さらに上から電気毛布をかけられた。すると、夫が視界に入ってきた。何か色々言っているが、頭がボーッとしてよく分からない。返事をしようにも、喉が痛すぎて声が出せない。しかも酸素マスクをつけているため、口パクも相手には見えていないようだ。諦めて首だけで返事をした。

家族が帰ると、看護師さんが2人やってきて、病衣を着せてくれた。浴衣タイプの病院だから、袖を通すために寝返りを打たなければならない。看護師さんが転がしてくれるのだが、頭の傷がとにかく痛むため、自力で頭を少し浮かしたら、「あ!だめ!起きないで!」と焦って止められた。今日は微塵も起き上がってはいけないらしい。

左手の甲に点滴、右手の指にSPO2のクリップを付けていて手も使えなかったのを、看護師さんが気付いてくれて、クリップを足の指に付け替えてくれた。これでやっと右手が動く。まあ、二の腕に血圧計に繋がったマンシェットが巻かれているが。

右手で頭を触ってみると、右耳から頭頂部の間の傷にカバーが付いていた。テープで地肌と固定されて、直接ベッドに傷が当たらないようになっているのだが、そんなのがあっても、とにかく傷が痛い。痛くて大変な時は座薬入れるから呼んでね、と言われていたから、迷わずナースコールを押した。座薬を持ってきた看護師さんにお尻を向ける体勢になって、オムツを下ろされる。「ちょっと気持ち悪いけど、我慢してね」と言われて、座薬を押し込まれた。座薬は、溶けるまでずっとお尻に異物感があって、とても嫌だった。30分ほどすると、痛みがだんだん和らいできた。さすが座薬、早い。部屋に時計がなく、時間が分からなかったが、外が薄暗くなり始めたくらいに眠った。

どれくらい眠ったのか、傷の痛みで目が覚めた。10分おきに血圧計が動いて締め付けられるのだが、それも気づかないくらいよく眠っていた。座薬を入れてもらおうと、ナースコールを押した。もう勝手が分かったから、待っている間に体勢を変えておいた。座薬を入れ、これが効くまで我慢だ。点滴が終わっていたため、新しい点滴と交換された。いざ目が覚めてしまうと、隣の心電図モニターの音が気になってしまう。画面と音を消してもらって、10分おきの血圧測定に耐えながら、右手で柵を掴んで左を向いたり仰向けになったり寝返りを打っていると、いつのまにかまた眠っていた。



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