14:入院12日目

土曜日の朝、また5時半ごろに、向かいの部屋のおしゃべりで目が覚めた。コロナ騒ぎのせいで大部屋のドアが閉められないから、毎日迷惑している。

起きてしまったから、トイレに行かないと気が済まない。このころは、食事も完食し、夜間の点滴から解放されていたし、歩行許可も出ていたから、歩いて個室のトイレに行けるようになった。

この病棟のトイレは、入り口が男女で分かれているのに、中に入ると男女のエリアが繋がっていて、行き来できるようになっていた。1人の男性患者が用を足した後、必ず女子トイレエリアに入ってきてから、女子トイレの出口を通って洗面台へ向かう謎行動をしていて、かなり不快だった。これがほかの場所のトイレなら問題になるのに、病院というのは寛容だ。

朝食が終わると、点滴がスタートする。ほかの患者も同様に点滴が始まるらしい。1時間ほどすると、向かいの部屋の患者がナースコールを押して、「もうすぐ点滴がおわりまーす」と看護師さんを呼んでいた。

私は26年間ろくに病気をすることなく過ごしてきたから知らなかったのだが、点滴は終わったらすぐに外すなり交換した方がいいらしい。入院してからほぼ2週間、目が悪い私は点滴が終わったことも気づかないし、廊下を歩いている看護師さんがちらっと点滴を見てくれて、そこで交換してくれたから、それが普通なのだと思っていた。

でも結局、へー呼ばなきゃいけないのか、と思いながらいつものごとく昼寝タイムに突入してしまったため、また看護師さんが気が付いてくれた。交換してもらっているときに、終わる前に呼んだ方がいいの?と聞いてみたら、「血が逆流したり、針で固まったりするから、できれば放置はよくないかな」と教えてくれた。

そういえば、終わった点滴を外すとき、点滴が繋がっているところから小さい注射を入れられて、毎回激しく痛かった。多分これは、点滴が終わって放置していた針に無理やり注射を入れていたからなのか、と気が付いた。毎回血管が破裂するんじゃないかと思うくらい痛かったから、次からちゃんと気が付いたらすぐ報告しようと思った。

今日は土曜日で、昨日リハビリを担当してくれた作業療法士さんはお休み。土日の暇つぶし用に塗り絵と色鉛筆を借りていたが、今回の点滴は右手に刺さっていたため、どうしても塗り絵をする気にはなれなかった。しかし、なかなか暇で、親戚が借りてきてくれた医療用ウィッグのカタログをボケーっと眺めていると、男性のスタッフから声をかけられた。また知らない人だ。

「ごとうさん、どれだけ身体が動かせるか見させてください」今度は理学療法士さんのようだ。点滴棒を転がしながら、またリハビリ室に移動した。リハビリ室に着くと、平行棒の間に立ち、片足立ちができるか確認された。ふらつくことなく余裕で合格。次に、横歩きができるか、歩幅を小さくして、左右の足先とかかとをつけながら前進できるか、後進できるかの確認。これも合格。

次は、階段の上り下りができるか。最初は手すりを伝いながら、これもできたから、手すりなしでもやってみた。問題なく動けたが、太ももの筋肉が攣りそうなくらい疲れた。人に見られているから、平気ですけどみたいな顔していたが、結構心臓がバクバクしていたし、短距離走でもしたかのような疲労感だった。

最後に、早歩きができるかどうか。点滴棒を理学療法士さんに抱えてもらって、廊下を大股で早歩きしてみた。これもできたが、やっぱり脚が疲れる。2週間動かないだけで、ここまで筋肉が落ちるのかと初めて思い知った。これは、高齢者ならもっと動けなくなるし、寝たきりになるのもよくわかる。

一通りの確認を終えて、理学療法は必要ないね、という結論に至った。へとへとになりながらベッドに戻ると、同室の女性から「今日は何したの?」と声をかけて気きた。今日はいっぱい身体を動かして疲れたこと、こんなに筋肉が落ちているなんて思わなかったことを話した。第一印象は最悪だったが、このころから少しずつ話したり仲良くなり始めた。

夕食を終え、消灯時間の少し前、廊下の向かいの部屋の高齢女性が、家でいつも飲んでいるからと、睡眠薬を飲んだようだった。そして21時に消灯してすぐ、その部屋から、「○○さん、何してるの!危ないよ!看護師さん助けてください!○○さんが!」と騒ぎ声が聞こえた。イヤホンで音楽を聴いていても、はっきり聞こえてくる騒ぎ様だ。

イヤホンを外してよく聴いてみた。腰のヘルニアで寝返りを打つのもやっとな高齢女性が、突然暗闇の中でベッド上に膝をついて、ベッドの下を覗き込もうとしたらしい。睡眠薬を飲んだ人だ。

それを見つけた同室の高齢女性が、大騒ぎでナースコールを押した、と言うことらしい。精神安定剤や睡眠薬でせん妄を起こすことがそれなりにあることを、私は知ってはいたが、知らない人は流石に驚くのだろう。看護師さんが駆けつけて、ベッドに戻して本人はすぐに眠りについたらしい。しかし、ナースコールを押した高齢女性が興奮した様子で「びっくりしたわー!普段は痛くて動けないって言っているのに、いきなりひょいって起き上がるんだもの!」と、しばらく喋り続けていて、これもまた迷惑だった。

もう一度イヤホンをつけて、なんとか寝ることだけに集中した。



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