11:入院9日目

手術翌日、水曜の朝、検温のために起こされた。廊下はガタガタと騒がしいから、朝食の時間らしい。入院してからというもの、体温が37度を下回ったことがないが、今日もやはり37度を超えている。

体温計を看護師さんに返して、窓の外をボーッと見ていると、今日は友達と遊ぶ約束をしていたことに気がついた。入院直後に、救急搬送された旨は伝えていたが、まさか頭を開いて手術するとは思いもよらなかったため、『もしかしたら行けないかも』くらいのニュアンスでしか伝えていなかった。これはやばい。でも携帯は手の届かない所にあるし、起き上がったらダメと言われているし、困った。悩んでいると、看護師さんが朝食を持って、私の部屋に登場した。救世主!

すぐさまお願いして、携帯をベッドの上まで移動してもらった。そして次に、え?もうご飯食べるの私?と、疑問をぶつけた。昨日は頭を少し上げることすら許されなかったのに、お盆の上には流動食はおろか、普通食と箸が置いてある。「うん、ご飯食べな」と、あっけらかんと返され、まじか、と思った。ベッドを起こして座ってみたが、めまいも吐き気も痛みも無い。私、強い。

オーバーテーブルを引き寄せようと手を動かすと、左手の甲に刺した針が痛い。こんな痛いんじゃ、お椀が持てない。針を右腕に差し替えてもらい、一昨日の夕食ぶりのお茶を飲んだ。一息ついたところで気になり始めたのは、膀胱留置カテーテルの存在。座ると、どうしてもチューブが尿道のところで折れ曲がるため、引っ張られている違和感であまりにも不快だった。しかも、チューブが太ももに当たっていて、温かくてこれまた不快。でも、自分で歩けるようになるまでは、きっと抜いてもらえないだろうし、仕方がない。我慢して食事をした。

ご飯を一口、噛み始めると、顔面が痛い。顎と頬が痛い。もともと、現代っ子特有の顎の小さい顔面をしているため、昨日の挿管はかなり無理やり口を開けられていたようだ。普段の生活でも、顎が外れかけているような、ズレているような、口を開けるたびに顎関節がバキッと音を立てることがよくあったから、今回も同じだろう。頬は、筋肉痛のような痛み。口もなかなか開かない。これは困った。

何口か食べるまでは看護師さんが横で見守ってくれていたため、口が開けられない、痛くて噛めない、と伝え、「じゃあ次からお粥にしておくね、おかずは刻んだほうがいい?」と提案された。うん、とだけ返事をし、どうにか頑張って、少しずつ食べ進めた。が、結局半分食べたところで我慢の限界を迎え、諦めた。

食事が終わってすぐに、友達にLINEをした。昨日頭蓋骨を外して手術をしたこと、今日は遊べないこと、いつ退院になるかも分からないこと。約束当日にドタキャンの連絡をしたにも関わらず、「連絡が来て良かった」と返事をくれた。この友達は、小学校から高校まで同じ学校で、仲良くなったのは中学3年生の時。高校では同じ部活に入って、ほぼ毎日一緒に下校した、とても優しい子。やっぱり優しいな、と、このとき思った。

手術翌日は絶対安静のため、ベッドから降りられない。とにかく暇で、昨日触った頭の皮膚から生えている、チューブを触ってみた。どうやらこのチューブがあるところだけは、ホチキスで止まっていないらしい。チューブを伝うと、30センチくらいあって、先端には陰圧がかかっている袋が付いていた。血が入っている。これで、傷からの出血が皮膚内に溜まらないように、吸っているらしい。こんなチューブが頭に刺さっている?のに、傷口は全然痛くない。感心した。

そうしていると、手術をしてくれた先生2人と看護師さんが、ガラガラとカートを押しながら部屋に入ってきた。「起きてるねえ、消毒するよー」と、頭のテープをベリベリと剥がし始め、傷を保護するカバーを外した。このテープ、粘着力がかなり強くて、眉毛が抜けるかと思った。傷口を消毒綿で、チョンチョン、と触られたが、これもまた痛くない。それよりか、かなり広い範囲をチョンチョンされたから、どれだけ切ったのか早く見たくなった。

そして、最後に、頭から生えているチューブをヌルッと引き抜いた。あまりに突然で驚いていると、「痛いよ、我慢してね、さん、にー、いち」と言われ、バチン!とチューブを抜いた穴をホチキスで留められた。かなり痛いのと、びっくりで泣くかと思った。

それが終わると暇で暇で仕方がない。テレビを見ようにも、リモコンは遠くて届かないし、テレビも遠い。目が悪い私は、眼鏡をかけないと全く見えない距離にある。でも、頭のカバーのおかげで、眼鏡がかけられないから、それも諦めた。

昼食は、本当にお粥と刻み食が出てきた。スプーンで一口お粥を食べるが、不味い。子供の頃からお粥が大嫌いで、風邪をひいても意地でも食べなかったが、やっぱり大人になっても嫌いなものは嫌いだった。不味くて食べられないな、と困っていると、フレーク状にされた焼き魚がお皿にあった。これだ!と思い立ち、魚を全てお粥のお椀に入れ、混ぜて食べてみた。これなら食べられる味になった。昼食は6割ほど食べられた。

口を開けなくても、スプーンで少しずつ食べられるから、顔の痛みは少ないのだが、お粥が嫌いすぎて完食とまではいかなかった。「ぜんぜん食べないじゃん、点滴減らないよ?」と言われたが、無理なものは無理だった。




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