12:入院10日目

木曜日。座薬を入れなくても痛みを感じることなく、朝までよく眠った。心電図と血圧計はずっと付けたままだが、もう慣れて全く気にならない。

朝食を持ってきてくれた看護師さんが、「ご飯食べたらおしっこの管抜こうか」と言ってきた。寝返りを打つにも、座るにも、ずっと気になっていたこの管が、やっと抜ける。嬉しかった。

でも、管を入れるのは、麻酔がかかった状態だったから何ともないが、抜くって…?なんだか怖い。

ソワソワしながらご飯を食べ始めた。小鉢に、ほうれん草が白っぽい粒々したものと和えてある。白和えかな?と思いながら、いつも通り奥歯で一口噛んでみると、顔面の骨に衝撃が走った。この粒々、硬い。ピーナッツだ。顎が痛い。迂闊だった。

お粥に刻み食だから、みんな食べやすい硬さのものが出てくると勝手に思っていた。奥歯で噛んだせいで顎がとにかく痛かった。試しに、口に残ったピーナッツたちを、前歯だけで噛んでみた。これなら痛くない。次から、おかずは前歯で最初に噛んでみること、食事の時は眼鏡をかけることを心に決めた。

食後の歯磨きが終わると、カートと袋を持って看護師さんがやってきた。管を抜く時間だ。怖い。まあ、そんなことを言っている暇もなく、病衣をめくり、おむつを広げ、「膝立ててねー、力抜いててね、ちょっと気持ち悪いけど」と言われた。看護師さんは管を掴んで、そのまままっすぐ引き抜いた。膀胱に入っていた管の先端部分は、なにやらプラスチックのリングのような部品が付いていて、それが擦れて痛かった。でも、一瞬で終わって、血も出ていなかったから、拍子抜けした。

抜くタイミングで尿漏れでも起こすかと思っていたが、それもなかった。でも、気持ち悪いし痛いし、もう2度と膀胱カテーテルは嫌だ。

そのまま陰部洗浄をして、おむつを外して、久々に自分の下着を履いた。ゴワゴワしていなくて快適だ。しかし、まだ少し生理の出血が続いていたため、ナプキンをつけないといけない。でも、まだ歩行許可が下りていないため、個室にあるトイレに、わざわざ車椅子に乗せて連れて行ってもらった。特にふらつくこともなく、トイレを済ませることができた。

昼食後には、共用の多目的トイレに、看護師さんに見守られて点滴棒を転がしながら歩いて行けた。それを見て、「大部屋に引っ越そうかね」と言ってくれて、早々と引っ越しが決まった。快適な一人暮らしは終わってしまう。大部屋の準備ができるまで、おばあちゃんに病気になって手術したことを電話してみたり、最後の個室生活を満喫した。心配するから、と、誰もおばあちゃんに知らせていなかったらしく、詐欺かと勘違いされて、「お前は誰だ」とか言われた。しかし状況がわかってくると、泣かれた。孫に先に死なれたら、おらぁ死んでも死にきれねえ、と。つられてわたしも泣きそうになった。

夕方、引越しが始まった。ベッドの上に荷物を置いて、私は歩いて大部屋に移った。50歳過ぎくらいの女性が1人、窓際にいて、わたしはその2つ隣で1番廊下側に決まった。

廊下を挟んで向かいの部屋には、70過ぎくらいの女性たちが、修学旅行のホテルかな?というぐらいキャッキャと楽しそうにおしゃべりをしていた。かなりうるさい。私は傷を治すのに体力が要るのか、とにかく眠たくて、食事とトイレ以外の時間はひたすら眠っていたから、いい迷惑だった。

夕食が運ばれてきて、オーバーテーブルを引き寄せようとしたら、自分のスリッパがテーブルの脚に引っかかっているらしく、うまく動かない。しかし、やっと見守りでの歩行許可が下りた人間が、ベッドから上半身を下ろして靴を直そうとして、誤って転倒したりなんかしたら、看護師さんに迷惑がかかってしまう。

どうにか上手く動かせないかと思って、何度かテーブルを動かしてみていると、同室の女性がカーテンを開けてやってきた。「なにやってるの、貸してみな」と、突然テーブルを掴んできた。なんだこいつ?と思いつつ、大丈夫です、と断ると、「いいから貸しなっていってんの!」と食い下がってきた。呆気にとられて手を離すと、テーブルをガンガン動かして、お椀の味噌汁をこぼしながら場所を直してくれた。直してくれるのは良いが、見知らぬ奴にいきなり命令されて、心底腹が立った。看護師さんならまだしも、ただの同室患者だ。この人の第一印象はただ最悪だった。

夕食を終えてまた寝ようとすると、どこかの部屋から、男性の叫び声が聞こえてきた。「たすけてくださあーーーい!けいさつ!けいさつを!呼んでくださあーーーい!ころされまーーーす!」認知症患者だろう。しかも、昼間は静かだったから、昼夜逆転の。コロナのせいで換気のために大部屋のドアは閉められないから、もうダイレクトにうるさい。看護師さんがなんとかなだめているが、収まらない。それどころか、触発されたのか、今度は別の高齢女性がが「おねいさーーーん!しろい、おおきな、おねいさーーーん!」と叫び始めた。動物園かな。

私は、元病院勤務だったから慣れっこだが、向かいの部屋の女性たちは、どうしたのかしら?と驚いている。廊下から、「ゆうなちゃんごめんね、うるさいね」と看護師さんが声をかけてくれたが、そこまで迷惑ではないし、看護師さん大変だな、くらいにしか思わなかった。むしろなんだか懐かしい。

でも、結局この大騒ぎは夜中の2時くらいまで続いた。これはさすがに迷惑だった。


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