15:入院13日目

日曜日の朝、この日も朝5時半ごろに廊下の向かいの高齢女性たちの話し声で目が覚めた。スマホを開くと、10件近くの通知が来ている。

何を隠そう、この日は私の誕生日である。26歳になった。出生時以来、初めて病院で誕生日を迎えた。最悪だ。

しかし、ずいぶん朝早くから祝ってくれるものだな、と思いつつグループLINEを開くと、高校で同じ部活だった友達が、私の誕生日を間違えて昨日の夜の時点で祝ってくれていた、という早とちりだった。日付をまたいでから仕切りなおして「おめでとう!!!」とメッセージが来ていたが、私はこの子に入院したことを報告していなかった。

同じグループ内では、手術翌日に遊ぶ約束をしていた子、作業療法士として働いているから相談に乗ってもらっていた子の2人のみ、私の状況を知っていたため、ハイテンションな誕生日祝いに対して裏で現状の説明をしてくれたらしい。私が起きてから「ありがとう」と投稿したあとに、報告していなかった子から謝罪のメッセージが来た。私的には、そんな謝るほどのことではないのにな、と思いつつ、救急搬送されたことから順に説明してみた。

本人は心底驚いたようで、とても心配してくれた。金曜日の時点で傷を守るカバーを外して、フランケンシュタインのようなステープラまみれの頭をさらして生活していたため、写真見てみる? と聞いたところ、「そういうのは苦手だけど、ゆうなが頑張った証拠だから見る!」と返事をくれた。これにもまた驚いていて、私は偉く大変な経験をしたんだな、とあらためて思った。

そんなやりとりをしているうちに朝食の時間。まだ少し顎が痛むため、かなりゆっくりではあるが完食できるようになっていた。この日は点滴もしていなかったため、歯磨きセットだけを持って洗面台に向かった。椅子が設置してある水道は、小柄なおじいちゃんが使用中だから、私は立ったまま歯磨きを開始した。もうすぐ全ての歯が磨き終わるころ、気分が悪くなってきた。指先が急に冷たくなってきて、激しい耳鳴りがして、視界が真っ暗になっていく。手すりに捕まっていたが、立っているのもつらくなってきた。まずい、これは倒れる、と思って椅子を見ると、もうおじいちゃんはいなかった。倒れ込むようにして椅子まで移動したが、立っていた場所にコップを置き去りにしてしまった。口の中は泡だらけ。吐き気も始まった。

ちょうどその時、若い看護師さんが後ろを通りかかったため、コップを取ってもらった。泡で話せなくて、助けを求めようと急いで口をすすいだが、看護師さんはもういなかった。もう吐き気も限界に達していて、唾液が大量に出でくる。10秒もしないで口が唾液で満杯になるほどだ。吐き気を堪えるので精いっぱいで、声も出せない。近くにナースコールも無いため、せめて洗面台内に吐き出せるように、洗面台にもたれかかって人に見つけてもらうのを待った。冷や汗で全身びしょぬれだった。

1分もしないうちに、看護師さんが患者の車いすに乗せてトイレに連れてきた、「ゆうなちゃん、どうした!大丈夫!?」と声を掛けられ、なんとか力を振り絞って「ダメ!吐く!」と返事をした。「誰か洗面台来てー!」と看護師さんが助けを呼んでくれて、患者をトイレに座らせて急いでその車いすを持ってきてくれた。騒ぎを聞いて駆け付けた他の看護師さんが移乗を手伝ってくれて、私はそのまま自分のベッドへ運ばれた。ガーグルベースンを抱えて、ベッドに座る。足の下に枕を入れてもらい、急いで血圧を測った。上が90で、明らかな低血圧だった。

そうしているうちに吐き気もだんだん弱まってきて、耳鳴りも治まった。運んでくれた看護師さんたちも、「よかった、もう顔が青くないよ」と声をかけてくれた。かなり落ち着いてきて、お茶を一口飲んだのを見届けてから、看護師さんは今日の点滴を取りに行った。点滴を持って帰ってきた看護師さんが、「なに!今日ゆうなちゃん誕生日じゃん!朝から散々だね!」と笑い飛ばしてくれて、さすがに私も笑ってしまった。

本当は点滴の前に清拭と着替えをしたかったが、今着替えようとしてフラついて倒れたらよろしくないため、先に点滴を始めて、動けるようになったら看護師さんを呼んで着替えを手伝ってもらうことにした。1時間後、ようやく落ち着いて着替えをして、念のためトイレまでの歩行を見守ってもらって、私の突然の体調不良騒ぎは無事に終わった。

まあ、小学生のころから朝礼やら卒業式やらで、血圧が下がって最後まで立っていられない子だったから、自分的にはそう驚くことではなかった。しかし本当に散々な誕生日の幕開けだった。

昼食を食べ、洗面台で立ったまま歯磨きができたことを確認すると、午後MRI行ける?と聞かれた。もともと予定が組まれていたらしい。ベッドでお迎えを待っていると、1時間くらいで呼ばれた。この時は点滴はしておらず、看護師さんに付き添われて身一つで検査室まで歩いた。検査室前のソファで順番待ちをしているとき、頭を隠す帽子を忘れたことに気が付いた。自分的には、坊主頭を見られても全く恥ずかしくないのだが、傷口の大量のステープラを見たら気分を悪くする人がいるかもしれない。少し不安だった。

幸い誰にも会わずに検査室に呼ばれ、眼鏡をはずして撮影が始まった。しかしMRIはうるさい。たぶん、時間的には20分くらいなんだろうが、ひたすらにうるさい。大人でもこんなに嫌なんだから、子供が撮るとなったら本当に不安だろうし、可哀想。はやく、もう少し音量を下げたMRIを開発してほしいと切に思った。

造影剤も使っていないから検査後すぐに病室まで歩いて戻り、夕食の時間までゆっくり過ごした。今回のMRIは、急性期では最後の検査なんだろうな、これの結果が良ければもしかしたら退院も近いかな、と感じていた。点滴も絶えず流していたのが今は間隔を空けながらになっているし、食事をきちんと摂ればそろそろ終わるかな。でも頭の大量の抜糸がめちゃくちゃ怖いから、そんなに急いでもらわなくてもいいかな。あ、抜糸する前にお風呂に入りたい、傷が開いたら困るから抜糸前に。もう一週間入ってないし。明日、お風呂の交渉してみようかな。

そんなことをグルグル考えているうちに、あっという間に夕食の時間になる。この日は、入院してから一番、一日が終わるのが早かった。

来年の誕生日は、家で元気にケーキを食べたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?