5:入院3日目

木曜日の朝食後、看護師さんから「今日の午後に造影剤の検査があります」と告げられた。ついでに、ちょうど左腕に点滴漏れを起こしていたため、右腕の肘近くに刺し直してもらった。

しかし、この刺し直した針が、肘を少し曲げるだけで血管に当たって痛む。この日の昼食は冷やしたぬきうどんだったが、あまりに痛くて右手で食べることができなかった。ナースコールを押して、針が当たって食べられない、と訴えたが、フォークを持ってきてくれるだけで、刺し換えてはもらえなかった。仕方なく左手でうどんを巻きながらなんとか食べ終えた。

腕を伸ばしていれば痛くもなんともないため、食後は諦めてそのまま過ごしていると、検査に呼ばれた。車椅子に移動してMRIに連れて行かれ、放射線技師さんから説明があった。「今日の検査は、点滴の針から昨日より速いスピードで造影剤を入れる検査です。身体がぶわーっと熱くなることがありますが、動かないでください。気分が悪くなったら呼んでください。」点滴の管に造影剤のシリンジがついた管を付け、シリンジは何やら器具に装着された。

速く注入したら血管が痛いんじゃないかとドキドキしていると、造影剤が入る前にMRI が動き出した。工事現場のような、このけたたましい音は、現代技術で静かにできないものか、と考えながら検査を受けていると、途中で造影剤が注入され始めた。すると、今まで経験したことのないくらい、身体全体がカーッと熱くなり、驚いた。あまりに腰や背中が熱いため、お漏らしでもしたのかと思うほど。しかし検査中は動けないため、漏れていないか不安になりながら検査が終わるのを待った。検査が終わり、身体の固定具を外してもらった瞬間、急いでお尻を触ってみたが、漏れてはいなかった。漏らしたかと思った、と放射線技師さんに伝えると、「そう言われる方が結構います」と言われた。まさかこんなに不快な検査だとは思っていなかったため、もう2度とやりたくないと思った。

検査から帰ると、「めまいとか無ければ歩いてトイレに行っていいよ」と看護師さんが言ってくれた。試しに付き添ってもらってトイレまで歩いたが、とくに不調は見られないため、ついにトイレのたびにナースコールを押さずに済むようになった。これだけで一気に気が楽になる。

その日の夕食は、焼き魚だった。さすがこれは左手では食べられないため、ナースコールを押して、再度、針が痛くて食べられないと訴えた。すると今回の看護師さんは、「ここじゃあ当たって痛いよね」と、すぐに刺し直してくれた。やっと安心して右手で、箸で、食事ができるようになった。

歩行許可がおりたため、この日から共用洗面所で食後の歯磨きを行うことになった。すると当然、ほかの入院患者とも顔を合わせることになる。私以外は全員高齢者のため、この若さの入院患者は珍しい。おばあさんがキョトンとした顔で、「あなたも腰が痛いの?」と声をかけてきた。この病棟は、ヘルニア等の整形外科と、脳神経外科の患者がいるらしい。ううん、脳梗塞なの、と返事をすると、大変驚かれ、「だってあなた若いでしょう?麻痺とか無いの?」と。まだ25歳だよ、麻痺はどこも無い。と答えた。まあ、周りから見たら、調子の悪そうな様子も無い若者がいるんだからそれは驚くだろう。

ちなみに、このおばあさんは腰のヘルニア手術目的で入院しているらしく、会うたびにお喋りする仲になる。






金曜の朝食後、昨日から歩行許可が下りている私は、朝の歯磨きを共用洗面所で行った。気分が悪くなることもなく、立ったまま歯磨きを終えてベッドに戻ると、しばらくして看護師さんが廊下で「これ誰のー?」と騒ぎ始めた。ふとオーバーテーブルを見ると、私の歯磨きセットが一式無い。ごめんそれたぶん私のー!と部屋から叫ぶと、「どうしたゆうなちゃん、忘れちゃったの」と、持ってきてくれた。ついでに歯磨き粉にデカデカと名前も書いてくれた。病気のせいか、どうも忘れっぽくなった。

昼食後の歯磨きをしたあと、また同じように歯磨きセットを忘れたままにしてしまった。今回は名前があるから騒ぎにはならなかったが、ここまで忘れっぽいとさすがに自分が不安になる。

さて、この日金曜日は、家族をを交えての病状説明があると前から聞いていた。 

私は、主治医の先生から個人的に、「腫瘍ではないよ、あの影は出血だから」と説明されていたが、家族が病状を詳しく知るのはこの日が初めてだ。

午後、約束の時間に、私、夫、県外に住んでいる私の両親と夫の両親がナースステーションに集まり、なんだかみんな緊張している。私は歩いて合流したため、母親が驚いていた。

いよいよ説明が始まり、ここで私は初めて自分で頭の検査画像を見たのだが、右前頭葉に黒い影が写っている。しかしこれは腫瘍では無いだろうと言われて、これは静脈が詰まったこと(脳梗塞)により、行き場のなくなった結果の出血だろうと最終診断が下された。そして、この場所はとてもとても運が良い。右利きの人間は、左の脳をよく働かせて生きているから、今回は右前頭葉のおかげで麻痺もなく会話も支障なく、字も書ける。手術もできる。これが中枢に起きていたら、寝たきり人間。左に起きていたら、考えることが難しくなる。今まで宝くじを買ってもちっとも当たらなかったが、このために持ち得る一生分の運を貯めておいた、というくらい奇跡的に良い場所だった。

今後の治療の説明も同時に行われた。今回の脳梗塞の場所は、手術可能な部位である。手術は、来週火曜日の朝1番で入室、前日にお風呂に入って、頭を丸坊主にする。そして手術当日の朝に、さらに剃り上げて短くすると説明された。

このころ、ブライダルフォトを撮る計画があったため、髪の毛を我慢して伸ばしていた。丸坊主と聞いて、家族は黙ってしまったが、私自身はもう仕方ないよね、と開き直っていた。それよりも、お風呂に入れると聞いただけで、私はとても嬉しかった。あと3日で念願のお風呂。もうとにかく自分がくさい。枕がくさい。いくら毎朝体を拭いていても、頭ばかりはどうにもならない。嫌で嫌で仕方ない。説明を聞いている時も、周りに臭っていないか気が気でなかった。

説明後、おしゃべりもそこそこに解散した私は、ブライダルフォトのためにウィッグを探さねば!と意気込んでいた。


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