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世界最強レスラー伊調馨 大切な人とつかんだ4連覇

みなさんこんにちは。このマガジンでは、小松成美が様々な人に取材した、北國新聞の連載「情熱取材ノート」の過去のアーカイブを掲載いたします。

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世界最強のレスラーは、その日、紫地に白い花柄の着物に身を包んでいた。リオデジャネイロ五輪レスリング女子58キロ級で優勝し、4大会連続金メダルを獲得した伊調馨は、2016年10月20日、安倍晋三首相から国民栄誉賞を授与された。

 記念品として贈られたのは金色の西陣織の袋帯。「着物の文化、日本人の誇りを持って世界の舞台に発信していきたい」と笑顔で語った彼女は、36歳になる4年後の東京五輪にこう思いを馳(は)せた。

 「なんと言っても体が資本。4年は長いのでしっかり覚悟を決めてからでないと(出場するとは)言えないです」

東京挑戦の決断待つ

 5大会連続金メダルという前人未踏のチャレンジ。求道者のようなトップアスリートの決断を、ファンはただ待つしかない。

 私が伊調馨を初めて取材したアテネ五輪の頃にも、彼女は、メダルへの気持ちを軽々しく言葉にはしなかった。

 3歳年上の姉の千春とともに出場することになった馨は、当時まだ表情に幼さを残しながらも、世界の強豪に勝利し頂点に立つことの難しさを冷静に語っていた。

 しかし、彼女が金メダル獲得に執念を燃やす出来事が起こる。姉・千春が決勝戦で敗退し銀メダルに終わったのである。その直後から馨の顔つきと、発言が一変。「千春のためにも必ず勝ちます」と言って、比類なき鮮やかなレスリングで他を圧倒する。そして、「私一人じゃない、千春と一緒に取った金です」と、胸にあるメダルを高く掲げた。

 同じドラマが4年後の北京五輪にも待っていた。前大会の雪辱を誓った千春は、またしても決勝戦で敗れ金メダルを逃してしまう。銀メダルを受け取りながら天を仰ぐ姉を見守った馨は、ただ泣き続けていた。

姉の「銀」に泣き続け

 千春が、その夜の様子をメールに綴(つづ)り、翌日、私に伝えてくれた。

 《応援していたスタンドで馨は試合後もずっと泣いていました。私はただ馨への申し訳なさでいっぱいになり、テレビ出演を終えた後に馨に『金メダルを取れなくてごめんね。でも、馨は金メダルを取るんだよ』と声をかけました。でも、馨は黙ったままで返事をしなかったんです》

 深夜までテレビの取材に応じていた千春は、俯(うつむ)きながら選手村へ帰っていった妹のことが気がかりだった。

 《私は、取材の合間に馨にメールを送信しました。「ご飯大丈夫? 私は帰りが遅くなるみたい。馨(かおり)ん、金メダルとれなくてごめんね。でも、今まで馨んと歩んできたレスリング人生は金メダル以上に輝いてたし、その道を歩んでこられたことは千春にとって誇りだよ。馨んがいたから頑張ってこられた。本当に本当にありがとね。馨ん、明日は爆発しようね、馨んなら大丈夫だから‼」と》

 順当に決勝へ進んだ馨。試合直前に千春から「結果は気にしなくていい。悔いのない試合をしよう」と言われた馨は、ようやく笑顔を見せ「うん」と言った。

 右膝の靱帯(じんたい)を負傷しながらも、痛みを堪えタックルで攻め続けた馨は、ついに優勝を果たす。

 《メダルセレモニーが終わると馨は控え室に駆け込んで来て弾む声で「金メダル、取ったよ。二人でとった金メダルだよ」と言ってくれました》

 「伊調馨2連覇」の記事を書きあげた私は、マット上での勇敢なその姿は、大切な人のために戦っている証しなのだと心に刻んでいた。

 北京に続いてロンドン五輪でも金に輝いた馨は、その直後最愛の母を突然死で亡くした。引退した姉と、姉妹を支え続けた兄と父、そして天国へ旅立った母。その思いを双肩に、4度目のオリンピックでも頂点に立った末の妹。彼女の強き魂は、金メダルよりも煌(きら)めいている。
(小松成美)

(※このテキストは、北國新聞の「情熱取材ノート」において過去に連載したものです※本コンテンツの無断転載を禁じます。著作権は小松成美に帰属します)

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