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セクハラについて、被害者に聞く〈匿名インタビュー〉


「自分が受けた行為について、気持ちの整理をどうつければよいのか分からず、心身を損なうほどの多大なストレスを感じています」

Aさん(仮名)は声を震わせながらそう話す。
自身が受けたセクハラ被害について、Aさんがインタビューに応えてくれるという。
実際に被害を受けた方の言葉から見えてくるものとは何だろうか。昨今、しきりに問題となるセクハラについて、今一度考えてみたい。

-思い出したくないことでしょうから無理に答える必要はありません。思いのままにお話ください。それでは、よろしくお願いします。
「はい、よろしくお願いします」

-差し支えない範囲であなたのことについて教えて頂けますか?プライバシーを考慮し、Aさんとお呼び致します。
「20代のOLです。大学卒業後、一般企業に就職しました。現在は都内で一人暮らしをしています」

-セクハラ被害についてお話しするには大変な勇気が必要かと思います。なぜ、今回、インタビューに応じようと思われたのですか?
「そもそも、私自身がされたことがセクハラに当てはまるのか、正直分かりません。会社でのことではないし、大袈裟と言われるかもしれない。だから、黙っているべきだと思っていました。でも、私は確かに被害者ではある。他人から見て大したことがなくても、軽微な言動が誰かを困らせるということを知ってほしいし、セクハラがなくなればいいと思ってお話しすることにしました。忘れようと思っても、仕事中にふと思い出して手が止まってしまったり、冷や汗が止まらなくなったりすることもあります。言葉にして吐き出すことで、胸のつっかえがなくなるかもしれないと期待しているところもあります」

-あなたが勤めているのはどんな会社か教えて頂けますか?
「業種については伏せさせてください。圧倒的に女性が少ない職場ですが、仕事内容的に女性と仕事をすることが多いです。仕事や職場環境についての不満は多少ありますが、周りの方は良い人が多く、人間関係には恵まれていると思います」

-それでは、本題のセクハラ被害について伺いたいのですが、ゆっくりで構いませんので、少しずつお聞かせください。加害者(以降Xとする)がどんな人物か教えてください。
「Xは他部署の男性社員で、年がいくつか上の先輩です。新入社員の歓迎会で初めて会い、業務につく前から仕事や人間関係への不安などを聞いてもらっていました。歳が近くて話しやすいし、困ったら相談してと言ってくれていたので親切な先輩という印象でした。Xは活躍していて、他の人からの信頼も厚いと思います」

-Xと仕事での関わりはありますか?
「はい、結構な頻度であります。私がミスした時に指摘されたり、分からないことを教えてもらうという関わり方がほとんどです。Xは多忙な人なので、いつも迷惑をかけてばかりで申し訳ないと思いながら頼っていました」

-プライベートな交流はありましたか?
「歓迎会きり、プライベートな話をすることはほとんどありませんでした。業務上のメールをする時、私的な内容を加えてやりとりをすることはありましたが、私的と言っても、残業とか仕事関係の雑談くらいです」

-Xと2人で飲みに行くことになったそうですが、どのような流れでそうなったのですか?
「Xを含めた数人と外出した時、会社に戻る電車の中で話す機会がありました。大概は仕事の愚痴とか相談を聞いてもらいましたが、引っ越しをしたいとか、身近な社員の結婚の話題から結婚観とか、そういうプライベートな話も多少はしました。それで、もっと愚痴とか聞くよって飲みに誘われました。社交辞令の会話でしたが、その後、実際に誘われました。正直、ノリ気ではありませんでした。いつもお世話になっている手前、断り続けるのも難しいので飲みに付き合うことにしました」

-それで、飲みに行くことになったのですね。当日について、お聞かせください。
「仕事の後、お互いが通勤で使っている駅で待ち合わせをしました。Xが予約をしてくれたお店で食事をしつつお酒を飲みました。ここでは、ほとんど仕事関係の話をしました。お互いに家が遠くないこともあり、2軒目、3軒目まで行きました。2軒目以降は、趣味や家族の話などプライベートな話もしました」

-3軒目だとかなり遅い時間になると思うのですが、終電は気になりませんでしたか?
「3軒目に行く時、終電まで1時間もなかったと思います。でも、自分から帰りたいですとは言いづらく、Xが解散にしてくれるのを待っていました。お互い家まで遠くないからタクシーで帰ろうと言っていたので、結局、終電は見送りました。その日のうちに帰るつもりでしたし、本当は一刻も早く帰りたかったです」

-その時点で、それなりに長い時間を過ごしていると思いますが、セクハラに繋がるような行為や言動は見受けられましたか?
「はい、ありました。テーブルに置いた手を触られました。最初は当たっただけかなって思ったのですが、2、3度触られたのでびっくりしました。でも、まだこの時はXがとても良い人で、嫌がることをしてくるとは思えませんでした。その後、私が手を引っ込めてから触ってくることはありませんでした」

-あなたは拒否をしたわけですね。そのあと、どうなりましたか?
「閉店時間になったので、店を出ました。その時点で3時くらいだったと思います。かなり雨が降っていて寒かったです。一度、駅に向かいましたが、シャッターが閉まっていました。どこの店も閉まっていて、雨を凌げるところに入ろうと唯一開いていたネカフェに向かいました」

-タクシーで帰るはずではなかったのですか?
「勿論、タクシーで帰るつもりでした。でも、Xがあと少し待てば始発が動くし、安く帰れるから待とうって言ったんです。3軒とも、Xが支払いをしてくれました。私も払うと申し出たのですが、先輩ということがあってか、出させてくれませんでした。全て負担してもらっているのに、私だけ先にタクシーで帰りますとは言えませんでした。2時間くらい我慢して始発で帰るしかないと思いました」

-ネットカフェに入ることへの抵抗はありましたか?
「多少はありました。別々の部屋で各々過ごすのであれば構わないかなと思いましたが、2人用のスペースを選ばれた時は少し警戒しました。当時、ネカフェや満喫をちょこちょこ使っていたので、パネルで仕切られたり、天井が空いていたり、完璧な個室ではない場所ということを知っていました。だから、そんな場所でXが変なことをするはずないと思っていました」

-しかし、被害を受けたのはその場所だと伺っています。
「はい……部屋の前に着いて、そこが完璧な個室ということを初めて知って、戸惑いました。天井は空いていないし、壁はきちんと区切られていて、外から覗けない、鍵付きのドアがついていました。でも、ここで変に意識するのも変なのかな、Xを疑うのも失礼なのかなと思いました。先輩として信用していましたし、自意識過剰と思われるのも嫌で、何も気にならないふりをして部屋に入りました」

-部屋では、どのように過ごしましたか?
「Xがパソコンで流し始めた動物の動画を見たり、それまでのように雑談をしたりしていました。他のお客さんの迷惑にならない環境なので話しながら始発を待つのだと思って安心しました」

-そうではなくなってしまったのですね?
「Xが寝ると言って横になったんです。私は眠くなかったので一人で暇を潰すつもりでした。話さない方が気が楽だし……そしたら、後ろからお腹に手を回されて、隣に寝そべる体勢にされました。冗談かと思ったのですが力ずくで……抵抗しても敵わなくて……だから、Xが眠ったら離れようと、大人しく寝たふりをしました」

-あなたは離れることができましたか?
「どれくらい待っていたかは分かりませんが、そのうち……Xが胸やお腹、喉、身体や顔を触ってきて……すごく嫌でした。何が起きているのか、どうしてこうなったのか……咄嗟に動けず、声を発することもできなくて……混乱していたんだと思います……。どうしたらいいのか分からなかった。本当に嫌で気持ち悪かったし、流石に危ないなと思って、寝たふりをしながら身動ぎをして少しずつ距離を取りました。でも、Xは近づいてくるし、狭い部屋なので逃げ場がなくなって……ここで逃げられたら良かったのにって思います。それなのに、私は何もできなかった」

-どのくらい、そうされていたのですか?
「Xが眠るまで待った時間と合わせると、かなり長かったと思います。私が寝ているのをいいことに身体を触られているのではないかと思って、寝たふりをやめたんです。時計を見たら、6時になっていました。始発を待つまでの約束だったので、電車が動いていると伝え、帰ることを促しました」

-それで、帰ることになったのですか?
「Xは帰りたがらなくて、ずっと私の身体や顔を触って……キスをせがんできて……すごく嫌でした。Xとは仕事上の関係としか思っていなくて、そういうつもりは一切ありません。だから、距離を取ったり、顔を背けたり、やんわりと拒否をしました。でも……Xは逃してくれませんでした。Xは無理やり……」

〈Aさんの声や肩は震え、手は白くなるほどの力でぎゅっと握られていた〉

「……Xの身体に腕を回させたり、Xの方に顔を向けさせたり、Xの身体の上に乗せられたり、上に覆いかぶさってきたり、全て力ずくでした。嫌だと言って離れようとしても聞いてくれませんでした。ここでXの機嫌を損ねて怒らせたら何をされるか分からないし、傷つけたことで会社で気まずくなったり、無視されたり、仕事を教えてもらえなくなって業務に支障が出たらどうしよう……そればかり考えてしまって逃げ出せなくなりました」

-それは、辛かったですね。
「その日、弱い立場にある後輩を守りたいとかそういう話を聞いていたので、Xは人思いの良い人なのに、どうして私の拒否を分かってくれないのだろうと悲しくて、私はここから出られないんじゃないかと怖くて、狭くて暗い静かな空間に耐えられなくなりました。私が嫌われればそんな気はなくなるだろうと思って、私の自堕落な所とか変わっている所とか、嫌われる為のマイナスプロモーションをひたすらして……悲しくて仕方がなかったです。嫌な思いをしているのは私なはずなのに……嫌なことをしてくるXを傷つけないようにと気を遣って、自分のことを卑下している状況に心が折れそうでした」

〈ここでAさんの言葉が詰まり、一時、インタビューは中断となった。再開後、涙ぐみながら思い出したくないだろう経験を語ってくれた〉

「……もうどうしたらいいか分からなくて、壁に押し付けられて逃げ場がなくなった時、キスを拒むことができませんでした。キスをすれば、満足して帰してくれるかもしれないって思ったらそうするしかなかった。でも、またキスをされて、それ以上を続けようとしたので、このままじゃ本当にだめだって……私は力いっぱいXを抱きしめました。余裕があったわけじゃない。合意のサインじゃない。そうやってXの動きを封じることがその時できる限りのことだったんです」

-嫌なことをする相手に、勇気ある行動でしたね。XはあなたがXに好意を持っていると思っていたのでしょうか?
「そんなことはないはずです。でも、そう勘違いされていたら困るので、何度か釘を刺しました。会社の人とこういうことをする気はないと、はっきり言いました」

-Xは何と言っていましたか?
「『まだ会社の人だと思われてるんだ』と言っていました。やはり、私が勘違いさせるような言動を気づかぬうちにしていたのでしょうか。そうだとしたら自業自得で、悪いのは私なのでしょうか……」

-もし好意があるように受け取っても、きちんと拒否をしているわけですから、あなたが責められる理由はありません。
「でも、私は何故か自分を責めてしまったんです。責めたいわけじゃないけど……。もともと返信が遅い方なので連絡を返さなくても催促しないでくださいとか、会社で気まずい態度になっても嫌いなわけではないので気にしないでくださいとか言い訳のように言いました。……その場を切り抜けるよりも、今後の業務上の関係ばかりが念頭にあって、いかに気まずくしないかを考えていました」

-職場を離れていたといえど、会社での立場や今後の業務を考えてきっぱり断れない状況というのは明らかにセクハラと言えます。そんな状況から、どうやって帰ることができたのでしょうか?
「化粧を落とさないと肌荒れしてしまうからとか、シャワーをどうしても浴びたいからとか、ていのいい理由を見つけて帰りたいと言いました。結局、私が我が儘を言って、Xがしぶしぶ帰ることを了承したという感じになりました」

-ようやく、Xから解放されたのですね。
「でも、納得いかないようで、ずっと抱きしめてきたりしていましたが、もう我慢の限界でした。強気に申し出ることができて良かったと思います。それがなければ、どうなっていたか……。それで、帰り際、『君は女の子らしいということが分かったけど、俺の弱い所を見せちゃったな』って言ってました。女の子らしいというのは良くないニュアンスでした。思い通りにならなかったことが不満だったのかもしれません」

-無事に帰れましたか?
「はい。別れるとき、Xの機嫌があまりよくなかかったように感じました。仕事で話しにくくなったら嫌なので、ご馳走様でしたと連絡を入れて、何度かやりとりをしました。でも、家に帰って、よく分からない虚無感というか無気力な感じになってしまいました。しきりに、あの部屋や力ずくの行為やXの目を思い出して動悸がしたり、目の下が痙攣したり、手に汗が滲んだりしてじっとしていられなくて……だから、その日はずっと友達と一緒に過ごしてもらいました」

-誰かに話すことで救われることもあります。
「ただ、『その状況を避けられなかったの?』と聞かれたときはやはり私が悪いのだろうかと落ち込みましたし、『そんなこと忘れなよ』って言われて、親しくても結局は他人事だなって思いました。忘れたくても忘れられないから苦しんでいるのに、って悲しくなって、何も悪くない友達さえ敵に思える瞬間がありました。楽しく話しているつもりでも落ち着かなくて、ぼうっとしてしまったり、ずっと眠れなかったり、いつもの私ではいられませんでした」

-いわゆる〝フラッシュバック〟に苦しむことになってしまったのですね。
「月曜日から会社に行くことが憂鬱でたまりませんでした。会いたくない。どうやって接したらいいのか分からない。怖かったです。月曜日はXのいるフロアにはなんとか行かずに済みましたが、今後、関わりがあると思うと途端に恐怖を感じました」

-その後、仕事では関わりましたか?
「可能な限りは接点がないように避けているのですが、どうしても関わらなければならないことが何度かありました。なるべくメールで完結させたかったのですが、それで済まないことももちろんあります。電話するにも直接会うにも気が重くて、指先は震えて足はすくむし、他のことが何も考えられなくなります。会社やXの前では努めて普通でいなければならないと思うのですが、そうすることがとても難しく、ストレスです。他の方に迷惑はかけたくないけど、どうしてもXと関わりたくないと思って仕事を先延ばしにしてしまう。それによって大きな問題を起こしてしまったこともあります。ちょうどクリスマスにそれが発覚して、泣きながら処理を行ったことを覚えています」

-仕事以外では、どうですか?
「至急の仕事があって、どうしてもXのいるフロアに行かなければならないことがありました。Xがいると思うとなかなか行けずにいたら定時を過ぎてしまって、ようやく足を運びました。Xを見ずに用事を済ませましたが、帰り際にXとすれ違いました。俯いたまま、無視して通り過ぎてしまいました。自分のデスクに戻った時、動悸と、足の震えが止まらなくて、しばらく椅子から立ち上がれませんでした」

-かなり、ストレスになっていますね。
「はい、なんとか支度をして帰ることができたのですが、乗り換え駅に着くと、お疲れ様とXに声をかけられました。途中まで同じ経路なのは知っていましたが、多忙なXとは帰る時間帯が違うから会わないと油断していました。『さっき、あからさまだったよね』って言われました。無視するなという意味だと捉えました。Xを前にすると、拒絶もできず、ぎこちなく笑って取り繕うことしかできなくて悲しくなります。また足や手が震えて泣きたくなりました」

-常に気を抜けないのは困りますね。
「会社では関わりがなくても、毎日、姿を見かけたり、メールで名前を見たりしなければなりません。仕事の時だけではなく、通勤時もXがいるかもしれないと思うと気が休まらない。お昼休憩を一緒に取っている方がXと同じ部署にいるので、よくXの話題が出て、どう反応して良いか分からないし、嫌な気持ちになってしまいます。毎朝憂鬱で会社に行きたくないと強く思うし、無事に家に着けばやっとほっとして、でも、明日が嫌だと嘆いて、毎日びくびくしながら怯えて生活しなくちゃいけない」

-Xに謝罪をしてほしいと思いますか?
「謝罪されたからと言って、変わるのはX自身が悪いことをしたんだと気づき、向こうの気が済む程度で、私は嫌なことを忘れられるわけでも、なかったことにできるわけでもありません。私だけがもやもやするのはどうなのか、とは思いますが、今後も仕事で関わりがあると思うと、余計に気まずくなるよりは、私が我慢する他ないのかなって」

-会社に報告はしましたか?
「考えてはいますが、今のところはするつもりがないというか、報告していいことなのか分からないんです。私は確かに嫌なことをされたけれど、会社ではなく飲みの場なので個人間の問題と言われる可能性がありますし、犯罪になるようなことまでされたわけではないのかな、って。その程度で騒ぎ立てるなと言われたらどうしようって言えずにいます」

-会社には、社員を守る相談窓口があると思うのですが。
「会社にいる期間でも、仕事の量でも、人間的にも、Xは私より遥かに会社に利益をもたらしているし、周りの人に信頼されています。私が告発して、Xの立場が危うくなったら、会社にとって大きな損失となります。そんなことまでして、私は相談してよいのか、そもそも、私を守るために本当に向き合ってくれるのか分かりません。私は証拠を何一つ持っていません。信じてもらえるでしょうか。入社して数年の、ハラスメントに敏感で、被害妄想の激しい、ヒステリックな女のでっちあげた嘘だと扱われることが1番怖い」

-周りの同性や直属の上司に相談するのはどうですか?
「きっと、親身に聞いてくれると思います。でも、普段から迷惑ばかりをかけているので、これ以上の面倒をかけたくないです。それに、周りにどう思われるか考えると怖いです。自分の方がもっと酷いことをされたのに、その程度で大事にするなんて、と思われて私が非難されるようならより辛くなるので我慢した方がマシです」

-自分を責めることはありません。悪いのは、Xというのは誰が見ても明らかです。
「でも、私を責める人がいるのも確かだと思います。2人きりで飲みに行って、終電を逃して、密室にいたのだから、そういうつもりがあると勘違いさせたのではないか、と。私が大事にしたら、ここを徹底的に詰められると分かり切っています。私に思わせぶりな態度があって、無防備でいたから悪いのだと言われてしまうでしょう。違うのに、そう言われてしまったら、私はどうもできなくなってしまう」

-実際、Xがあなたの言動に勘違いをしていたたかもしれないと、あなた自身が自覚し仰っている事実はあります。しかし、多くの人があなたの味方をするはずです。
「きっと全て私の責任問題なんです。私が無防備でいたばかりに、そのような気があると相手に勘違いをさせてしまったこと、反省しています。大変申し訳ございません。会社に告発して、Xのキャリアを傷つけたり、多くの人に面倒をかけないよう、私は沈黙を貫くべきなのだと思うしかありません」

-落ち着いてください。会社に報告すると、Aさんは実名で被害を語らなければならないかもしれません。それが負担になってしまうことも、言わないという選択をする一つの理由でしょうか?
「はい。噂や周りの目だったり、Xとの関係だったり、今よりも我慢しなければならないことが増えるかもしれないと考えると、相談するには大きなエネルギーが要るように思います。それと、被害を受けたり、それを相談するのに容姿は関係ないのですが、何故かこの手の話題には美醜が付き纏います。自分に自信があるからとか、自意識過剰だとか言われないかと心配になります。どのような理由であれ、立場が弱いのは絶対的に被害者ですし、私は嘘をついてXを貶めようなんて思っていませんが、事情聴取なんて形で話をすることになったとしたら、また思い出して言葉にするのは苦痛です。相手を信頼してよいのか、本音を話せるかなんて分かりません。不安要素が多すぎます」

-会社として事実を把握するにはXの話も必要になってきます。その点については、どう考えますか?
「事実を話してほしい、それだけです。加害者がどう考えているかなど、知りたくありませんし、その被害者に、加害者のことを聞かれても、何ともお答えしかねます。私は加害者の気持ちなど分かりませんから、分からないでしょうね、加害者だって私の気持ちなど……すみません、感情的になってしまって」

-いいえ、こちらこそすみません。失礼な物言いがあったかもしれません。
「こうやって、自分を責める癖がついていて、私は完璧な被害者ではないから、誰も味方してくれないんじゃないかって自分さえ味方してやれないんです。それで、一方的にXを気持ち悪いと非難することもできないでいる。だから、会社に言ってもどうしようもないって諦めている部分があります。溜まった鬱憤を発散するのに、責めるべき矛先が何故か自分になっていて、気づいたときには自分を虐めていて心を痛める毎日です」

-会社に報告するかどうか等はもう少々、心の整理がついてから考えても遅くはありません。まずは、あなたの気持ちが落ち着くことを第一に考えていく必要があると思います。
「……焦る必要はないのでしょうか。時間が経ってしまったら、今更、昔のことを穿り返されてもとか言われるんじゃないかと思ってましたが……少し落ち着いて考えようと思います」

-今後、このようなことがないように何か対策を考えていますか?
「お店に入って、店主がいないからといって物を盗みますか? しませんよね。では、なぜ、セクハラや性被害に関しては、被害者側が被害を受けないように対策を講じなければならないのでしょうか。加害者が被害を与えない、それだけの簡単なことではないのでしょうか」

-そうなのですが、今回の被害を通して何か有効な対策を得られたのであれば、みなさんに共有して頂けたらと思い……
「あ、ごめんなさい。今回の被害は、私が無意識に思わせぶりな態度を取ったことも要因でしたね。それを気をつけろということでしょうか。だから、男の人と2人で会うのは控えることにしました。先日、仲の良かった同級生から連絡が来て、久しぶりに再会することになったのですが、やっぱり会うのはお断りしました。直前で怖くなったというのもありますが、何より、私には前科がありますから、相手に好意があると思わせぶりな態度をするような言動は謹まなければなりません。一切、そのような誤解を与えないようにするには、会うことさえしなければよいでしょう。私は以前の経験から学べるくらいには賢い人間です。これで、わたしが責められることはありませんね。これで、わたしが嫌な思いをすることはありませんよね。これで、わたしは今後一切被害者になることなく、のびのびと自由に安全に心地よく生きていくことができるんですよね」

〈Aさんには、相当の心理的負荷がかかっており、極端な思考に陥ってしまっている。インタビュー後半、Aさんがあまりにも感情的になってしまったため、これ以上のインタビューは続行不可と判断し、中止となった〉

その後のAさんについて、ここに記しておく。

被害から1ヶ月ほど経つ頃、我慢の限界となった彼女は母親宛に「死にたい」と送ったそうだ。急遽、実家へ帰り、ことの経緯を伝えたところ、会社に報告し、相談すべきと言われた。周囲に迷惑は掛けたくないと泣きながら出社し、直属の上司と所属課の先輩に打ち明け、相手方との接触を局力断ち切るよう工夫されることになった。先輩の中には、涙を流して心配をしてくれる人までいたそうだ。本当は辞めてしまいたかったが、周囲の人の気遣いを受け、もう少し続けてみることを決意。その親切が後に彼女の首を絞めることとなった。

Aさんには女性の同期がいない。男性の同期にも相談を持ちかけたのだが、その社員がストーカー化し、執拗な連絡や自宅に押しかける等の迷惑行為の被害を受けた。ここにも、彼女の神経をすり減らし、人間不信に陥らせる要因があった。

そして、半年後のこと。確実に加害者との接点は減っていたが、完全に遮断できることはなく、常にストレスを受けながら仕事に取り組むことに変わりはなかった。気遣われている分、積極的に仕事に臨んでいたが、次第に体調を崩していく。眠れず、以前から抱えていた過食が深刻化し、笑うことも話すことも難しく、涙が止まらず、「死にたい」が思考を占拠し、日常生活がままならなくなり、会社に行けなくなった。

会社から連絡を受けてAさんの住むアパートへ迎えに行った両親曰く、顔色が悪く、目を腫らし、聞こえないほど声が小さく、自分を責めるばかりで死にたいと言う癖が染みついた、本来のAさんとはかけ離れた様子だったと言う。その頃は一日中ほとんど寝たきりで、眠れず、食べれず、話せず、涙を流してばかりいる状態だったと聞いている。

心療内科の診断を受け、休職することになった。「あの頃のことは記憶が曖昧ですが、両親がすごく心配していた。気分が晴れるようにご利益のある神社や自然を感じられる場所にたくさん連れてってくれましたのに、何も楽しくなかった。愛想笑いもできなくて、大好きな家族と過ごす時間さえ苦痛だった。睡眠と食事の強要もしんどかった。死にたいなんて考えちゃダメ、前向きに規則正しい生活を心がけろって言われるのも嫌だった。できるならしてるしって思ってた」と当時のことを話す。

彼女はうつ状態だった。適応障害一歩手前のギリギリのところにいた。主治医の説明通り、実家で療養するうちに少しずつ快方に向かっていくものの、ストレス源に近づく、つまり、職場に関することを思うだけで涙が止まらなくなった。

一進一退を繰り返しながら療養にあたり、心身共に健康的を取り戻してきた頃、彼女は退職を決意した。感覚的に元気なのに何も動き出せないことが自分をみじめにさせたそうだ。そこからの脱出を狙ってのことだった。

主治医より、一度損なわれた心が再生することはなく、何かしらの負荷が掛かればストレス反応が出ると断言されている。退職し、完全に会社と縁を切っても、一生弱った心と付き合って生きねばならないことに不安を抱えていると言う。「元気と言っても、かりそめの元気です。疲れやショックなことがあると大きく落ち込むし、突然塞ぎ込んで涙が止まらなくなることがある。明らかに元の自分ではなくなった。そのせいで、社会復帰に対しても臆病になっています。面接で詰められた時に耐えられるのか、新しい職場に適応できるのか、自分の心が苦しくならないかが怖くて前に進めない」そんな葛藤を抱きながらも、新たな一歩を踏み出し、就職活動をしていると言う。

会社の対応は誠実な方であった。彼女の休職と協力的な上司のおかげで被害は会社の相談窓口に提出された。遺書のつもりで書き記してあった当日の詳細と相手方への事実確認により、加害者には軽い懲罰処分が下った。体調不良のために会社へ足を運ぶことのできない彼女の代わりに父親が出向き、コンプライアンス担当や上司から説明、謝罪があった。「それがどうの、ということはないです。何をしてもらったって、私の元気な心は二度と戻りません。今だに自分を責めてはくよくよ泣き、なかなか歩き出せずに社会復帰も果たせていない私とは対照的に、加害者はのうのうと同じ職場で働き続けているのですから、悔しくて、不公平で、理不尽を感じます」と言いながらも、「貯金が尽きたり、社会に適応できたなかったり、どうにかなっても最終死ねばいいやって考えは根っこにまだありますが、今は絶望するだけじゃないんです。なんで私が死ぬの? お前が死ね! って何かに怒ることも出来るので、聞こえは悪いですがあの頃より健全なのかもしれません」と笑うAさんを見ることができた。

最後に、言いたいことがあると言う。それは同じくセクハラに苦しむ被害者への慰労でも、加害者に対するメッセージでもなく、自分に向けたたった一言であった。

「ごめんね、私。守ってあげられなくて」

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