見出し画像

優しい銀河の盗み方

 銀河売りに革靴で踏まれたカビの生えたパンを少女は拾います。各星停車の電車しか停まらない小さな星の古びた駅舎で、少女は銀河売りの背中を睨みました。銀河売りは振り返ると黒い中折れ帽の下から少女を見据えます。「悪く思うな。ゴミかと思ったんだ」。銀河売りは金貨を少女の足もとに投げます。少女はホーム下へ金貨を蹴り捨て、パンを齧りました「お前らの施しは受けない。ゴミはお前らだ」
「勘違いするな。この銀河を売ったのは俺じゃない」と銀河売りは別の銀河の所有データが記録されたICチップを見せます。ホログラムで映る銀河。少女は咳き込みながら言います。「銀河を買うような奴がまともに銀河の世話をすると思うか? お前らのせいで銀河はめちゃくちゃだ」。銀河売りは財布を少女の足もとに投げます。少女は拾いません。「母さんを返せ。父さんを返せ。ほかに何も要らない」

 切り売りされた銀河では戦争が起こりやすく、孤児が多くなることを銀河売りはよく知っていました。銀河売り自身、家を焼かれ、親を失い、駅で雨露をしのいだことがあるからです。何としても生き延びるため、盗品を売り、妹を売り、故郷を売り、星を売り、銀河さえ売るようになりました。銀河売りは静かに言います。「拾え。意地ではパンひとつ買えない。自分の命は、自分で買うしかないんだよ」
 磁気浮上線路を滑って電車が来ます。銀河売りが乗るとホームから車内へ財布が投げ込まれました。「あたしの明日は、もとからあたしの。買うもんじゃない」と少女は吐き捨てます。超指向性スピーカーからふたりの耳へ、電車の発車を告げるアナウンスが届きました。夜が近づいています。銀河売りは中折れ帽を深く被り直し、溜め息をつきました。「負けたよ」と銀河売りが少女に投げたのはICチップ。

 電車が星を去ったあと、少女は駅近くの孤児院へ帰ります。お姉ちゃん、お姉ちゃんと呼ばれながら、少女は子どもたちに買ってきた新しいパンを配りました。「お姉ちゃんはお母さんみたい。お姉ちゃんのお母さんはどんな人だった?」という言葉に少女は微笑みます。本当は母の顔を知りません。父の声も知りません。物心ついたころから、孤児院にいました。銀河売りに少女は嘘をついていたのです。
 寝室の電灯を消しました。いろいろな銀河から集まった子どもたちを少女は毎晩寝かしつけます。子どもたちは、なかなか眠れません。子守唄を唄ってくれた母を失った子がいれば、絵本を読んでくれた父を失った子もいるから。孤児たちのために少女は銀河を騙しとっているのです。「今夜はこれを見て寝ようか」と少女はポケットからICチップをとりだしました。寝室に小さく映る、明日への大きな銀河。






ショートショート No.405

photo by Kosuke Komaki

先週の小説

いただいたサポートで牛乳を買って金曜夜に一杯やります。