レモネードレイン
凍った星をグラスに。月明かりさす屋根裏部屋でじいちゃんはレモンシロップを注ぎます。少女は丸い天窓から夜空を見上げていました。炭酸水の泡が響きます。破れて穴が空いた檸檬色の傘を離さない少女にじいちゃんはレモネードを手わたしました。入院している母からもらった傘。となりに座り、じいちゃんは少女の頬を拭います。今宵は星が降るでしょうとラジオから天気予報が聞こえます。乾杯。
今朝、傘を壊した嵐の去った四月末の柔らかい夜風が、天窓から流れ込みます。じいちゃんはアイストングを孫にわたしました。少女は傘を置いて、背伸びをし、じいちゃんと同じように月夜の星をつまみます。新しい冷気が冴える星をグラスに入れてストローでかき混ぜると、レモネードは青くきらめきました。アオバズクの鳴き声が夜に溶けます。もうすぐお姉ちゃんになるもんな。つぶやくじいちゃん。
首を振る少女は言います。母さんに会いたい。大好きなレモネードに落ちた雫がつくる波紋を縁どる月の光。じいちゃんは何も言わず、グラスを傾けます。冷えた星の苦くて甘い香りが口に広がりました。きっと少女が生まれた梅雨のころに弟も同じ病院で産声をあげることでしょう。借りるよ。じいちゃんはグラスを置くと、檸檬色の傘を手にとり広げました。破れた生地の奥に夜空で凍る星々が瞬きます。
傘の穴から天窓越しにふたりは狭い星空を覗きます。今朝の冷たい雨に代わり、ラジオの天気予報どおりに、ひとつ、ふたつと凍った流れ星が降りはじめました。これまで生まれた人の数ほどの星が降ります。桃色と水色の紫陽花に似たふたつの星が流れました。姉弟だな。じいちゃんは傘を閉じました。少女はうなずきます。再び、じいちゃんと少女はグラスを持ちました。星は、溶けています。かんぱい。
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